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半年前の祭りの日には林檎飴を買って食べていただろう子どもたちが、私の目の前で林檎飴のように赤い血を吐いて倒れている。
わかってはいたけれど、私には何時まで経ってもこの現実を認められない。彼らは政治には、戦いには何の関係もなく生きていけたはずなのに。
そんなくだらない戦い、私たち華族のように権力をもったものだけでやればいいのに。彼らに私たちがどれだけのものを与えてもらっているか、彼らがいたからこそ私たちに権力が生まれ、食事や住まう場所もできた。
それで、私たちが彼らにしてあげられることがいくつあると言うのだ。せめて世の中を言いようにできるように皇帝陛下に下の人々の生活をお伝えして、いくらか改善をお願いすることぐらいだけだろう。他に何かあるか、仕事のないものを自分の家で何人雇ってやれる。高が知れている。自分ができることに限りがあることも知っているし、この考えが偽善と思われても仕方がない。
それは野に咲く綺麗な花を見つけて眺め、たまに水を与えるような必要のない行為でかもしれない。寧ろ、光合成の邪魔してしまう存在かもしれない。見きれる数もたかが知れている。
ただ、権力を、持ったものがそれに伴う仕事をしないのは可笑しな話しだろう。私はノブレス・オブリージュをできるようになりたい。
それが現在の日本はどうだろうか。戦いよりも治安へ意識を注いでいらした皇帝陛下はお亡くなりになられてしまった。遠征などよりも治安をと国民のための考え方を持ったあの御方を心より尊敬し、命をささげる覚悟で御方の意向を遂行する所存でしたのに。それが御方が亡くなられた現在、皇帝陛下という称号を争い、政界が揺れ、内紛が起こっているではないか。関係のない人々を殺して、何がノブレス・オブリージュだ。
私は御方の薨去を知らされた時に殉死するつもりだった。
しかし、死ぬことはならんと近衛兵兵長殿に止めらた。御方はそれは望まないと。御方は私を最も信頼し寵愛なさっていたと。寵愛を受けていた私こそが御方の最後の遺言を実行に移さねばならないとも、いい終わると兵長殿は腹を切って死んでしまった。
私はその死を羨ましく思った。又、卑怯なようにも思えた。
だから、私は今を生きている。
自分が卑怯だと思う振る舞いは絶対にするものか。逃げることなく、曲げることなく、ただ一つの道を進んでやる。
「そうだな、次の皇帝は華彩にやらせてやってくれ。あの子は優しい子だよ。幼いながら芯がしっかりしている。華栄には悪いがね。あの子は少し血を見すぎたかもしれない。戦ばかりが全てではない。あの子も根はいい子なのだろうがね。
今の時代を見てごらん。こんなにも発展している。発展させるにも方法があるだろう? 戦わなくても、話し合いで解決できるほどの技術も思想も整っているではないか。それで過去の繰り返しで無駄をするなんて、悲しすぎるだろう」
私は御方の言う通りだと思います。だから私は御方の意向を遂行するために戦ってみせる。残った近衛兵を率いて華彩様を守り、戦い、死ぬ。それが国のためになるのだから。
そう心に誓い、私は今を生きている。
だが、この現実を前に躊躇してしまう私はなんなのだ。死になれなくてはいけないのに、国の安定のためにと戦った戦争に巻き込まれていった人々に同情しても、迷惑なのかもしれないのに。
花を踏みにじってしまったのは、私かもしれないのに。
割り切れないこの心を私はどうしたらいいのだろう。
煙が晴れぬ私の心のように立ち込めるていた。
敵軍の残りがいないだろうかと辺りを見回すと、崩れた民家の前に煙を通し、大小二つほど影が揺られながら写っている。
敵軍の奴らではないだろうかと初めは疑ったが、どうにもその影は軍人にしては小さかった。警戒しながら近づいていくと、それが子どもであることがわかった。
「お前ら、この町の者か?」
二人は姉妹であろうか、姉と見える方は十五くらいには見えるが、弟の方はまだ五つにもなってないように見える。二人は手を繋いで半壊し煙を上げた家を亡霊でもいるかのように眺めていた。実際に亡霊がいて、二人には見えているのかもしれない。そんな気を起こさせる二人の目は、鈍く輝いていた。
「両親はどうした?」
そういうと二人は、自分たちが眺めている半壊した家を指差した。これはもう助からないだろう。寧ろ、もう死んでいるととったほうが正しいのだろう。こうした争いが、知らず知らずのうちに花を踏みにじってしまうのだ。いや、私は踏みにじってしまうことを知っている。その分、性質が悪いのだろう。
「あなた、私たちのお父さんとお母さんを知ってる?」
姉の方が私をぼうっと眺めながら私に訊ねた。
「恐らく、戦争に巻き込まれてしまったのだろう。お前たちは見ていなかったのか?」
「違う、どういう人だったかってこと」
「……すまない」
それはわからない。恐らく、精一杯働いて子どもたちを幸せにしようとしていた夫婦だったのだろう。ここはそんなに貧しい家のものが住む町ではないはず、上流と中流階級の間、どちらかといえば中流階級よりではあるが。
「優しい、お父さんとお母さん」
その言葉は私の存在の結晶に傷をつける何よりも鋭い武器だった。言葉は魔力を含んでいるかのような、不思議なリズムを持っていた。
「表向きにはね」
その子どもの声は子どもらしからぬ疲れた声が、存在の結晶を削り、抉った。
歪んでいく思考。罪悪感。自分の理想がどれだけ滑稽なものだと、思えてきた。それは理解しての理想だったはずなのに、どんどんと否定されていく。
「ありがとう、軍人さん」
私を我に帰らせた礼の言葉。何が、うれしいのかわからなかった。悲しいと責められはしても、礼をいわれるようなことなど何もしていないのに。
「お父さんもお母さんも表向きにはいい人を演じていたけどね、見栄ばかりの人だったの。昔は本当にお金もあったらしいけど、没落しちゃったみたいなの。働き方を知らないの。それで自分たちは何にもやらないで私たちには辛いことばかりさせてたの。いよいよ、お金にそこが見えたとき、あの人たち私たちを殺そうとしたの。最初はどこかに売ろうとしてたらしいんだけれど、売ったら売ったで自分たちの立場がないからって、大したお金にならないからって。だから嬉しいのよ、軍人さん。あの人たちを殺してくれたことが!」
それはあまりに陰惨で私がこの国から無くしたい現実。こんな子どもに辛い思いをさせて掲げるノブレス・オブリージュってないだろう。私は何も責任を果たせていない。
「でもね、お金なくなるのが早まったの戦争のせいなんだから。もう少しで私たち殺されちゃうところだったのよ?」
的外れに思えるその文句は、彼女たちの感性の歪みを象徴していた。
「私は、お前たちにどうしてやればいい?」
その鈍く輝く目は何時までも上がりつづける煙に奪われていた。
月夜に蕾んだ花が、朝日を待っているかのように。
「ほっといてくれればいいのよ」
その言葉は、ついには私の存在の結晶の一部を、砕いた。
そう、野に咲く花には水など与えなくても、天から降り注ぐ雨がある。
「すまない」
光合成の邪魔をしてしまっているのかもしれない。
「気にしないで、軍人さん。あなたたちはそんなに強くない、きっと守れるものなんてそんなにないわ。だから、私はあなたなんかに期待してないもの。せいぜい、プライドでも守ってなさいよ」
それを言い終わると、二人は歩き出しだ。
旱魃が続いたようなこの国には、少しでも水が必要なのかもしれない。
「それでも、それでも何か守りたいといったら?!」
それが野に咲く綺麗な花を見つけて眺め、たまに水を与えるような行為でも、必要のない行為でも、自分の影がその花の光合成を邪魔してしまうかもしれなくとも、黙って通り過ぎるようなことや、窓を通して見るようなことはしたくない。ましてや、踏みにじるような行為はしたくない。
砕けた結晶をかき集め、二人に向かって叫ぶ。すると二人は振り返り、急にしゃくりあげ、終には泣き出した。私はその場にしゃがみ込んでしまった二人を立ち上がらせると、弟のほうが小さく「ありがと」と呟いた。
その言葉で、私はそれでも守らねばならぬくてはならない事があるということを改めて確認させられた。
「……それでも、守りたいっていうのなら、私たちを助けてください」
それが、あってはならないがあるべき現在なんだ。
「お前たち、名前は何と言う?」
「こら、夏樹! 千秋さんに怒られるから廊下を走り回るんじゃありません」
私に怒られなければ廊下を走っていいと言うものではないのだが、この素っ裸のやんちゃ坊主は転んで頭を打った前科があるからあるからな。
「冬香も走ってるぞ」
一応、夏樹だけが悪いと言うわけではないので注意をしておく。
「私は頭を打つような転び方はしませんから」
そう、頭の打つような転び方はしていないけれど、前のめりに倒れて指を骨折したことはある冬香も前科ものだ。たんこぶ程度ですんだ夏樹のほうが、まだいい。
「身体を拭かないと風邪を引きます」
まだ四つの夏樹はどうも、やんちゃだ。きっと、少しは辛いことから開放されたと言うことだろう。前のような鈍い光はどこかにいってしまったようだ。ただ、開放されすぎたのか、このように風呂上りに身体を拭かれるのを嫌がり、素っ裸で家中を走り回る。
「冬香、後は私が追いかけるから、先に風呂でも入ってきなさい」
そう言って、私はこのやんちゃ坊主と追いかけっこをすることにした。ただし、慎重に行わなくてはならない。我が家には他の貴族から贈られてきた、無駄に高い壺などが置いてある。本当は売りたいのだが、家のものが五月蝿いので売れない。それに人からもらったものを必要なしに売るのは少し気が引けるしな。そんなこんなで、売らないにしても壊してしまうのはいけないだろう。気を配りながら、走る。
「じゃあ、お願いしますね。夏樹、程ほどにしないと千秋さんもお仕事で疲れてるんだから、遊んでくれなくなりますよ?」
程ほどにって、私は遊び役に回っていたのか。
どこかの部屋に隠れたのだろうか、夏樹は廊下にはもういなかった。さて、どこを探したものだろうか。
こんなに幸せな日常が、今までにあっただろうかと思わせる冬香と夏樹との生活。あんな戦場から生まれたものなのに、私は幸せでいていいのだろうか。あの戦場には私が殺してしまった人はいるというのに。
当時は衰弱していた夏樹も今はこの通り、本来あるべき子どもらしさを取り戻していった。ただ最近、冬香の様子が少しおかしいのは気のせいだろうか。妙に他人行儀な時がある。他人だから、といわれてしまえばお終いなのだが前はそうではなかった。
どこかの部屋でクシャミをしたやんちゃ坊主の声が聞こえた。そろそろ見つけてやらないと、本当に風邪を引いてしまうな。
「夏樹、そろそろ出ておいで。お前の好きな魔法を見せてあげる」
そういうと私の立っている所のすぐ近くにあったドアが勢いよく開き、素っ裸の夏樹がでてきた。
「もう乾いてしまってるじゃないか、取りあえず髪は拭いておこう」
髪を拭いて身体も少し拭いてやると、夏樹は「魔法、魔法」と急かす。魔法と言うのは魔術のことで、私には少ししか魔力はないけれど、魔具を使って増幅させたり、魔具そのものが自然から魔力を吸って力を発揮できるものなどを使って、戦いに使ったりする。その中で、私が魔具を頼らず割と手軽に使えるのが、風を操り物を浮かせたりすることで、夏樹はそれで宙に浮くのが好きなのだ。そういったところは下女がいなくて忙しい時にシャツの皺をとったりするのに使わせる冬香とは違い、夏樹はどこまでも純粋だ。
「わかった、服を着てからな」
そういうと、遠くのほうで可愛らしいクシャミをする声が聞こえた。
目の前では、頑張って服に腕を通そうとしている夏樹が盛大に転がっている。ボタンをはずさないから、そうなるのだ。何とか通ったようで、今度はズボンに取り掛かっている。
「千秋さん、ご苦労様。また、魔法ですか?」
いつの間にか、冬香が隣に立っていた。
「また、魔法だ」
夏樹がズボンを穿き終えたのか、袖を引っ張って「魔法、魔法」と急かす。
夏樹を中に浮かせるため三人で庭に向かい、秋の紅葉を眺める。
できるならば、こんな生活をずっと続けていられたならばいいのに、「どうして、こんなことに」と言う言葉は飲み込まなければならない。きっと私が望んだことでもあるのだ。そして、終わらせることも望んでいる。
花の恵みの雨となれるように。
いつか戦争が終わって二人と笑いあえるようになるために、私は今を生きている。