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冬の寒空の下、都から遠く離れた農村が今の僕の住処。
遠くの土地で戦が起こっていると聞くが僕には関係ない。僕は僕の道を進むために生きているのだから。
東方から光が射す。凍える夜に光が射す。
僕は今いる小屋から外へ出る。目の前に赤い鳥居。この村に、この小屋に住む事を許してくれた神主様に恩を返すために境内の掃除をする。
鳥居の前に立ち一礼、祝詞を詠い石畳の参道の端を歩く。そして、持ってきた桶の中に布を浸す。水が冷たいが無視して絞る。そこから殿を磨いていく。今は冬、箒で掃く必要は無いであろう。これが僕の日課。
そうしているうちに後ろからリンとした娘の声が僕の名を呼ぶ。
「九夜さん、お父様がお呼びです」
「……わかりました、春。今から行くと伝えておいてください」
「ちゃんと来て下さいね。私が怒られてしまいます」
無言でうなずくと、彼女は少し長めの髪を揺らしながら去ってゆく。
僕も道具を片付けて彼女の通った道を進む。
このごろ神主様は自分の娘、春と僕を並べて己の絵画を自画自賛するようにニヤけている。
今日も朝食を取っている間ずっとニヤけていた。常に笑っているような人だが、笑うとニヤけるは違うと思う。しかし、三人しか居ない朝食で彼はかなり浮いていた。
神主様の畑の手伝いの合間に春の教師を務める。その内容は様々で文学、数学、理学、魔術学等がある。
彼女は物事をよく咀嚼して飲み込むのが早かった。もしかしたら以前都で教えていた者よりも早いかもしれない。特に春は魔術学が得意分野であった。
春の母はこの村唯一の魔術師だったそうだ。母から教えてもらった礎と自らの才能があってこそここまで来れた。それを踏まえて学問を教えていく。
「魔術での解毒の方法は現時点で三種あるが、中和以外の二つの長所と短所を答えてくれ」
「一つ目は抽出です。これは体に負担をあまりかけないのですが、少量残ってしまう可能性があります」
目で次を促す。少しの間のあと彼女は言葉をつむぐ。
「え~っと、二つ目は破壊ですね。こちらはかなり体に負担をかけてしまいます。ですけど、ほぼ完全に毒素を無くすことができます。だから、中和、抽出が良いということです」
「両方とも正解だ。しかし、時間が無いなどの状況の時は破壊だ」
春はにっこりと笑顔になったが、声は何の変哲も無くこう言った。
「九夜さん、魔術式を教えて下さい」
「……わかった。家に帰ってから筆を持って覚えるとするか」
そこに村人と話をしていた神主様が戻ってきて畑仕事を再開した。
大根を引き抜いて山積みにし、それを荷車に乗せて共同出荷場まで持っていく。単調な肉体労働、幾ら人手があっても足りない気がする。
日が少し橙に染まる。神主様は春を帰らせて僕に声をかけた。
「九夜君」
「何でしょうか」
「もしこの村に何かあったら、春とこの村を護ってくれますか?」
正直一瞬迷ってしまった。また僕は逃げ出してしまうのか……。
「……はい。僕の出来る限りこの村の人々と村を護るでしょう。魔術師として村人として」
「そうですか、ありがとう。その時は頼みます」
「……しかし何故このようなお話を?」
彼は腰を伸ばして橙の方角を見据えた。橙に染まるその顔はいつもの笑顔などは既に無く、真剣な顔つきだ。
つられて僕も作業を止め、同じ方角を見る。
「戦がそこまで迫って来ているそうです。もしもの時のために君に尋ねておきたかったのです」
そしていつもの笑顔になり、こちらを向くと。
「その時は頼みます。もう村の若い衆はほとんどいませんし、君だけが頼りですから」
そう言うと深く、深く神前と同等の深いお辞儀をした。
僕は神主様にお辞儀をされるなんて思ってもいなかった。だから刹那たじろぐが、一瞬後には顔をあげて下さいという主旨を述べる。そうすると、神主様は「九夜君は九夜君です」と言い笑っていた。
空が紫になる頃帰途につく。もちろん僕は神主様の後ろで。
春の作った夕食をとり、彼女に魔術文字及び魔術式を教える。始めは神主様も聞いていたが内容が高度かつ、才能で左右される分野だったのですぐに諦めていた。彼女に宿題を出して家を出た。
凍てつくほどではなかったが流石山間部、かなり寒い。先ほど春に教えた暖を取る魔術を久々に使う。
ふと夜空に目を向ける。都にいたころよりも美しい星空、月夜……。月の色、星の輝き……。いや、気にしないでおこう。気にしていたらそうなってしまうから。
進行方向の先の小屋の前、否、鳥居の前で人が倒れているではないか。
「……ちっ」
ぼさぼさの髪をかきむしる。そして、星を見てしまった己を呪う。嫌な予感、嫌な予兆は当たるものだと誰かが言っていた。
まずはそのものを観察する。
性別は男、歳は三十半ば。どこかの軍人らしく赤い色をした軍服を着ている。武器は刀か。対魔術装備は服だけみたいだ。
傷は腕が酷いが重症とはいくまい。魔術残留があるため魔術による負傷と推測。しかし、だいぶ前であると同時に出血で倒れたと思われる。だが、未だに呼吸はしている。
「ちっ……」
二度目の舌打ち。
「貴方は死にたいのか?」
返事は無い。
「死にたければ勝手に死ね。そしたら僕は貴方を片付けるだけだ」
「……」
「…………生きたいのか?」
カクンと首が縦に動いた。これはたまたまではない、意思のある動きであった。
「ちっ……」
空が白み始める。一睡も出来なかった。このまるで駄目そうなおじさんをなれない包帯で手当てして、苦手な治療系の魔術をかけてやった。しかし、とたんにこいつは……ッ! 大いびきをかきだした。おかげで僕は……一睡も出来なかった。
そろそろ日課を始める時間。見せたくないもの――魔具は片付けた。そして、勝手に動いて欲しくないので、このおじさんの身動き取れないように魔術で縛る。さらに、人が来ないように人除けの魔術を二重に張り巡らす。
いつもより早く行動を開始し、日課が終わったので春が来る前に神主様の下へ行く。
着いたと同時に、春が僕を呼びに戸を開けたときに目が合ってしまった。
「あっ、九夜さんおはよ……ッ」
左手は戸を開ける位置に浮かんでしまった。
彼女は息をのむ。僕は身動きが取れなくなってしまった。
「どうされたのですか!? その左目!」
僕の左目は今包帯の眼帯で覆われていた。
「ああ、これか? これは結膜炎になってしまったからだ」
「何ですか? 結膜炎って」
「目の病気の一種だ」
「そうですか……お大事になさってください」
無言でうなずく。そして、少しの罪悪感。
家の中に入るとやはり神主様も同じ事を聞いてきた。そして同じ答えを返すと納得してくれたが、酷い罪悪感。
負傷兵の話もした。神主様は誰にも言わないと言ってくれた。
そして、何気ない会話に変わる。
「そうそう、九夜君。一つ相談なのですが」
「はい」
「春たち、村の若い衆を明日都に連れていってくれませんか?」
「お父様よいのですか!?」
僕が答えるよりも早く春が神主様のほうに向かい言う。否、叫ぶ。
「いいですよ。でも、九夜君が了承してくれるならば、ですが」
無言の威圧が僕を襲う。やはり田舎のものにとっては都に行きたいものか……。僕もかつてそうだったように、あの貪欲が渦巻くとに。
「……わかりました。任せてください」
「「よかった」。では、九夜君お使いもしてきてくれませんか?」
「はい」
「私、村の人に言ってきます!」
そういうと彼女はトタトタと外へ急ぎ足で出て行った。
「あっ、話は通してありますから」
「……」
僕待ちだったというわけか。
この日は事前指導で終わってしまった。はぐれない、知らない人には付いて行かない等等。何回か復唱させたから安心してよいだろう。
日が暮れて自分の小屋に戻る。術を解きながら。眼帯を外しながら。
戸に近付いても物音一つしない。起きているならば身動き取れないことに驚いて暴れようとするだろう。
そっと戸を開けて中を窺う。未だ彼は眠っていた。よく眠る中年か。
彼の横に音も無く座り今後を考える。彼を神主様に頼むか? いや、これ以上は迷惑をかけれられない。殺すか? 駄目だ、僕に命を奪う権利など無いしあいつ等と同じになってしまう。だったら、奥山に捨てるか? ……朝までに戻ってくれば良いのだから。
準備をするために立ち上がろうとする瞬間、中年は身じろぎをし始める。
案を胸中に納め、臨戦態勢を整える。相手に魔具を使わせないために自然中の魔力を源にいつでも魔術を発動できる状態にする。
何かに気づいたのか包帯をしきりに触っている。しかし、いっこうにこちらに気づきはしない。いや、気づく事はありえないだろう。仕方無しに声をかける。
「――起きたか」
何を言おうか考えた挙句出た言葉。
小動物のようにビクビクとしながらこちらを向く。
「……丸一日寝ていたな」
ただ事実を教えてやる。
何かを考えてから僕を見る。中年の男に見られるのは心地よくは全くもってない。
「あ、あのっ、どうもありがとうごぜぇましたっ。おかげで命拾いしま――」
「出ていけ……」
最後まで言わせはしない。そんなものは聞きたくはない。第一自分で死にたくは無いと言ったのだから。
中年は驚き戸惑っているがそこに追い討ちをかける。
「貴方を助けたのはお社様の前に死体を転がしたくは無いからだ。それ故、貴方はここに留まる理由は無い。出て行ってくれ」
何か小言を言っているが声は届かない、耳障り。それ故――
「出て行けと言っている」
鋭く重く声を発し、引き金を軽く引く。すると左手に快い振動と空気をわる音、そして光。
中年は悲鳴を上げ、文字通り飛び起きる。
ぐぅぅぅぅ。
「ちっ――」
なんとも間抜けな音。そして、相手に届かないほどの小さな舌打ち。
傍らにあった物を掴み中年に突きつける。
中年は今度こそ大きな悲鳴を上げて保身の構えをとる。そこから微動だせずに沈黙が続く。またも小動物のようにビクビクしながら手を下げる。
「これを食い、さっさと出て行け」
中年はそれを手にすると礼を言おうと口を開くが。
「礼を言う暇があるならば外へ出て行け」
そして中年は一目散に出て行った。
僕は傍らの物を口に運ぶ。かなり上出来の干し肉。流石神主様だ。
自分の布団を敷いて灯を消す。中年はまだこの近くにいるみたいだ。気配と魔具の自然魔力を吸うので良くわかる。気が散ったがかまわず寝た。あの中年のせいで一晩眠れなかったのだから。
日が昇る前に起きて、日課をやり遂げる。中年は鳥居の影に隠れているつもりだがバレバレだった。しかし、無視をした。これ以上関わりたくは無い。
支度を整え懐中時計に目を向けると、約束の刻までだいぶあったが出発する。
中年が僕の後を追いかけてくるが邪魔をしたら叩けば良い事。それまで無視をしよう。
約束の場所に数人ちらほらといた。僕は相変らずの足取りで、風を従えそこへ向かう。