忍者ブログ
合作小説を楽しく作っていきましょう。
[42]  [41]  [38]  [37]  [36]  [35]  [34]  [33]  [32]  [31]  [29
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 息が切れる。苦しい。身体じゅうから湯気が立ち昇り、後ろに流れていく。真冬だってのに身体が燃えるように熱かった。オラはいったいどれだけ走った? いや、そんなのは関係ねぇ。止まるわけにはいかねぇんだ。死にたくねぇから。
 左の二の腕からは、どくどくと血が流れている。さっき出会っちまった敵にやられたんだ。他にも傷はたくさん負ってる。ひょっとしたらそれが疲労に拍車をかけているのかもしれねぇ。汗のせいか失血のせいかは分からねぇけど、なんだか目がかすむ。お世辞にもいい状態とは言えねぇな。
 でも――止まっちゃいけねぇんだ。
 オラの仕える華栄様――前代の皇帝様の第二皇子様だ――の識別色である派手な赤色の軍服が、吸い取った大量の汗でずっしりと重く感じる。
 聞いた話によると、どうやら華栄様はつい最近まで植民地遠征に出られていたらしい。そいでもって華栄様が留守にしている間に皇帝である長男、華龍様が亡くなられ、そんときの遺言が「後継者は三男の華彩だ」ときたもんだから、話がこじれちまった。オラは頭がわりぃから難しいことはよく分かんねぇんだけど、やっぱ長男の次は次男が皇帝になるべきなんじゃねぇかなって思う。どうやら華栄様だけ異母兄弟のようだから、それで華彩様に白羽の矢が立ったんだと思うけど……うーん、やっぱよく分かんねぇ。
 不意に、オラのちょいと遠くの木が突然爆音を轟かせて――消えた。
「ひ、ひぃぃっ!」
 遅れてやってきた嵐のような強風に背中を押され、思わずつんのめりそうになる。だが倒れたらおしまいだ。死にたくねぇ。だからオラは走っている。生き延びるために走っているんだ。
 
 オラは山田太一郎。戦争なんてやっていなけりゃ、今ごろ田舎で畑仕事をしているはずだった百姓だ。
 正直もう帰りてぇと思う。こんなところにいたら、命がいくつあったって足りやしねぇ。
 しかしそれでも帰れねぇのは、これがお袋の言いつけだからだ。
「太一郎、お前ちょっくら都の戦争に行ってきな」
 お袋は言った。
「なんでも、戦争で手柄をあげりゃあすんごい金が手に入るんだと。昨日、都から戻ってきた隣の弥平がそう言っとったんだわ。お前だって、いつまでもこうやって畑仕事ばかりやっとってもなんの儲けにもならんことくらい知っとるじゃろ。将来楽をするためじゃ。ほれ、行ってこい」
 もちろん最初はオラだって反対した。だが、大金の魅力にとりつかれたお袋は、頑としてオラの主張を突っぱね続けた。そんでもって、オラは泣く泣くこうして都に出てきたというわけだ。
 再び遠くから爆音が響き、かろうじて立っていた枯れ木を追い風が吹き飛ばした。
 うひぃ、も、もう嫌だ! オラは戦争なんてまっぴらごめんだ!
 振り返って見上げると、そこには青い軍服の女が宙に浮いていた。遠くて顔は見えねぇが、身体の線からどうやら女であるらしいってことだけ分かる。青い軍服は三男、華彩様の軍だ。つまりは敵だってこと。血の気が失せて倒れそうになるのを必死に堪え、オラはまた走りだす。
 都に来るまで直接見たことがなかったから信じられなかったが、この世界には「魔術」というもんがあるらしい。さっきの女みたいに空を飛んだり、見えない力で頑丈な建物をぶっ飛ばしたりすることができるみたいだ。オラのような田舎出身の兵士たちは、そんな魔術を使うやつらを「悪魔」と呼んで恐れている。
 くそぅ、こんなところで死にたくねぇ! 早く田舎に帰って畑の世話がしてぇよ!
 
 
 どれくらい走っただろうか。そこにはもう何の残骸かも分からねぇ、破壊の限りを尽くされた建物と、焼けてただただ荒れ果てちまった荒野が広がっていた。敵の姿は見えねぇ。オラはようやく歩みを止めた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 座っちまうともう立てねぇ。だから立ったまま、膝に手を置いて肩で息をする。顔を流れる汗が目に入ってしみるが、目をこすることすら億劫だ。しばらくこのまま……このまま……。
「いたぞ! 赤服だ!」
 わりと近いところから声がして、反射的にそちらを見やる。
 そこには青服が三人、こちらを指差して何事か怒鳴っていた。
 やばい! 見つかった!
 駄々をこねる身体を鞭打ち、無理やり走り始める。ここにいたら殺されちまう!
「あっちに行ったぞ! 回りこめ!」
「どこだっ」
「あの瓦礫の裏だ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
 逃げるオラの背中に、敵意の塊のような怒声が投げつけられる。心の臓はすでに限界を超えている。胸の内側から肋骨にめり込むような激しい痛みに顔をしかめながら、それでもオラは走った。振り返りはしねぇ。そんな余裕はこれっぽっちもねぇんだ。逃げろ、オラ。逃げ延びて、懐かしいあの故郷に帰るんだ。
 
 
 オラのもたれる高い壁の向こう側を、おそらく青服のものであろういくつかの足音が通り過ぎる。オラを探す声が上がり、バクバクいってる心の臓が握り潰されるかのように縮み上がった。
 いつまでもここにいるわけにはいかねぇ。青服たちがいなくなったら、早いとこ、ここから逃げださねぇと。けども――今はもう少しこのままでいてぇと思う。もう足が動かねぇ。声も出せねぇ。立っていられねぇ……。
 壁にもたれたまま、ずるずると腰が下がる。ダメだ。今座っちまったらもう立てねぇ。そう思っても身体はいうことを聞かず、まるで尻に鉛でも入っているかのように、ぺたりとその場に座り込んじまった。
 と、その時だった。
 足音がひとつ、した。
 反射的にそちらを見やると、そこには見たくもねぇ青服がひとり、こちらを睨んで立っていた。声にならねぇ悲鳴が頭のてっぺんから突き出る。青服は獲物を追いつめた獣のように、ゆっくりとこちらに近づいてくる。抜き身の刀身がギラリと不気味に光る。すでに何人か屠ったのであろうその刀には、返り血と思わしき赤黒いいびつな模様ができていた。
 恐怖に目を見開くものの、一度下ろした腰はもう上がらない。尻を地面につけたまま、必死に青服から遠ざかる。そんなオラが滑稽なのか、青服はオラを見下しながらニタリと残忍な笑みを浮かべる。
「く、来るなっ」
 なんとか声を上げ、抜いた刀をぶんぶん振り回す。もちろん青服には当たらない。オラの身体が動かなくなるのを待つように、ヤツは一定の距離を保っている。そしてそれは功を奏し――オラは疲れ果てて腕を下ろした。
 あぁ、死ぬ前にもう一度、お袋の作った飯が食いたかったなぁ。畑の世話もしたかったなぁ。まずしくても、オラにはそんな生活が幸せだった。ずっと続けばいいと思っていた。お袋だっていつかはおっ死んじまうんだろうけど、それまでに器量良しな嫁さんでも見つけて、お袋に早く楽をさせてやりたかった。オラが畑で働いて、嫁さんが飯を作って、出稼ぎに出てる親父が帰ってきたら、四人で仲良くちゃぶ台を囲むんだ。きっと幸せなんだろうなぁ。だから――
 
 だから、オラはまだ死にたくねぇんだ!
 
 青服を見やると、今まさに刀を振り上げようとするところだった。振り上げるってこたぁ、腹ががら空きになるわけで。オラはまだなんとか握っていた刀をにぎゅうっと力を込める。青服の刀が最上段に到達する。今しかねぇ!
 残った力のすべてを注ぎ込んで、オラは刀を真横に振るった。青服の詰めた間合いは、等しくオラの攻撃範囲でもある。油断していた青服は、見事にオラの刀を受けた。身体を折り、振り上げた刀を落とす。からん、と軽い音を立て、主をなくした刀は地面に転がった。一瞬遅れて真っ赤な液体が噴きだし、仰向けに倒れる青服。びくん、びくん、と数回痙攣して、それっきりそれは動かなくなった。
 そして静寂。遠くからはいまだ爆発音が聞こえてくるものの、この場にはオラの荒い息遣いのほかに、なんの音もなかった。
 顔にたんまりひっかかった血液は、寒気を感じるくらいひどく温かかった。
 怖かった。たくさんの命を奪ってきた青服。それを殺した自分。オラは今、何人の命を背負っているのだろうか。そう思い、ただただ恐怖した。
 オラを探していたほかの青服たちの声は聞こえない。どこか別の場所に行ってしまったんだろう。両手をついてなんとか起き上がり、震える身体に鞭打って、オラはそこから再び逃げ出した。
 
 
 空は橙色から青紫色に変わりつつあった。星はほとんど見えねぇ。曇ってるんだろうな。今のオラみてぇに。
 都にはいたくなかった。ただ、故郷を目指して歩いた。走る力なんてどこにもなかったんだ。小川を見つけ、顔と傷口を洗った。真冬の水は刃のように鋭く身体を打つ。凝固した血液は驚くほど簡単にぽろぽろと落ちた。たくさんの命を包んだそれは、川に流れて消えていった。オラはしばらくそれを見送って、それからまた歩き出した。
 追っ手は来なかった。都から出れば、それなりに安心できた。それはまるで、異世界のようだった。都という箱庭の中だけ違う世界の出来事のように、外界はとても静かだった。
 しばらく歩くと、ちいさな村落が見えてきた。オラの生まれ育った田舎と大差のない、ほんとうにちいさな村だ。夕闇に灯る家々の明かりは、オラの疲れ果てた心をじゅうぶんに慰めてくれた。
 村に足を踏み入れる。これだけちいさな村だと、さすがに宿はねぇだろう。もしあったとしても、血のこびりついたこの軍服を見たら、驚いて店から追い出されちまう。しょうがねぇ、どこか寺か神社でも見つけて一晩過ごすか。
 そしてそれは思ったよりも早く見つかった。
 村の外れにある、寂れた神社。向かってその左側にたたずむ社務所にも明かりはねぇ。留守にしているのか、それとももう誰にも使われてねぇのか。
 どのみちここで一晩明かす予定だったから、人の気配がねぇのはかえって好都合だ。朝になって誰かに見つかったら、そのときは謝ればいい。久しぶりにゆっくり眠れる――そう思うと、張り詰めていた心身から途端に力が抜けるのを感じた。
「あ、あれ……?」
 視界がぼやける。景色がぐるぐると渦を巻き、言い知れねぇ浮遊感が足の力を奪う。
 そして、オラは気を失った。
 
 
 目が覚めると、痛んだ木張りの天井があった。しばらくぼーっとしていると、次第に頭が働きだす。
 そうだ、オラは神社の前で気を失って……それで……あれ? オラは今、どこにいるんだ?
 起き上がろうとすると左の二の腕がずくんと痛んだ。思わず顔をしかめる。そうだ、ここは思いっきり斬られた場所だった。傷口を空いた手で押さえると、布の感触に気付いた。見やると、そこには……いや、そこだけじゃねぇ。ちいさい傷は放ってあるものの、大量の出血を伴うような大きな傷にはすべて包帯が巻かれていた。誰かが手当てしてくれたんだ。
「起きたか」
 不意に横手から男の声がかかる。びっくりして振り向くと、そこには人影があった。
「丸一日寝ていたな」
 男の言うとおり、外は暗い。倒れたのはきっと昨日の晩のことなんだろう。室内の明かりは弱く、男の顔を満足に拝むこともできやしねぇ。声から察するに、それほど歳はいってねぇはずだ。おそらくは二十歳前後ってところだろう。だというのに、その声は四十近いオラのそれよりずっと落ち着いていた。まじまじと男を眺めながら、まだ礼を言ってねぇことに気付く。
「あ、あのっ、どうもありがとうごぜぇましたっ。おかげで命拾いしま……」
「出ていけ」
 オラが言い終わるより早く、男は言った。
「……え?」
「貴方を助けたのは、お社様の前に死体を転がしたくなかったからだ。もう用はない」
「い、いや、あの……」
「出ていけ」
 うっすらと輪郭の見える、ざんばらの髪。そして恐ろしいほどに鋭い双眸。その瞳に怪しい光がギラリと灯った。
「は、はいっ」
 言われるがままに飛び起きる。そして気付く。傷の痛みがほとんどない。さすがに二の腕はまだ痛ぇが、ほかの傷は動く分にまったく支障がないくらい回復していた。驚いて両手を眺めるのとそれとは、ほぼ同時だった。
 
 ぐぅぅぅぅ。
 
 腹が鳴っちまったんだ。そういやしばらくまともに飯を食ってねぇな。照れ笑いを男に向けると、男は炎を背負ったような双眸を鈍く光らせ、おもむろに手を突き出した。
「う、うわぁぁっ!」
 殺されるんだと思った。反射的に身体を仰け反らせ、両手で顔を覆う。しかし、それからうんともすんとも言わねぇ。恐る恐る手を下げると、目の前に何かの物体が突きつけられていた。
「食え」
 男から受け取ったものは、干し肉だった。
「ど、どうも……」
「礼はいい。さぁ、出ていけ」
 再び殺意にも似た光が双眸に宿る。オラは慌ててその場から退散した。
 飛び出して振り返ると、そこは夕べの神社だった。あの怖い男はこの神社に住んでる人なんだろうか。
 それにしても不思議な男だった。オラを殺すかのような目で睨んでいるかと思えば、手当てしてくれたり、食いもんを恵んでくれたり。一人思いにふけっていると、また腹の虫が鳴った。さっそくもらった干し肉にかじりつく。お世辞にもうまいとは言えなかったが、なぜだか満たされたような気分になった。
 
 
 夢を見た。お袋に叱られている夢だ。故郷を離れた今、そんな夢でも懐かしく嬉しい。
 お袋は言う。
「いいかい、太一郎。大金を稼ぐまで帰ってくるんじゃないよ。もし言いつけを破ったら、あんたはもうウチの子じゃないからね」
 ……前言は撤回だ。たしかに懐かしくはある。だが、嬉しくねぇ。
 
 
 お日様が昇ると同時に目が覚めた。神社の鳥居にもたれて眠っていたから、ちょっと身体が痛ぇ。だが、傷はだいぶ癒えてる。これなら走ることだってできそうだ。
 右腕をぶんぶん振っていると、背後――社の扉が開く音が聞こえた。慌てて鳥居の影に隠れる。中から出てきたのは、やはり夕べの男だった。鳥居越しにオラの前を通って、そのまま過ぎていく。どこに行くのだろうかと興味が沸いたりもしたが、オラはもう田舎に帰るんだ。そう思い、男の反対方向へと歩こうとして――夢を思い出した。
「大金かぁ」
 ぽつりと零す。もちろんそんなのはオラには無理だ。できるはずがねぇ。でも、それってつまりは故郷に帰れねぇってことでもあって……。しばし逡巡する。
「……帰れねぇよなぁ、やっぱ」
 気がつくと、オラは男の後を追っていた。
 この先どうなるかは分からねぇ。でも、このままじゃいけねぇってことだけは知ってるんだ。不思議な雰囲気の男。とりあえずは自分の興味に従ってみるのもいいんじゃねぇかな。
PR
この記事にコメントする
color
name
subject
mail
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
九夜
こちらもさっさと書いて載せますね。
その時に調整しましょう。
水有月 2007/01/08(Mon)22:27:58 edit
はーい
よろしくですー。
さつき 2007/01/08(Mon)22:31:43 edit
すごぉい
何と言うかまた差が付けられた感じです~書けるようになったというのが最初に思ったフレーズです。今まで書けてなかったのかというと、そうではなくてきめが細かくなって美しい肌って感じです~
すごいですよー
彩白 2007/01/10(Wed)18:07:22 edit
(o´Д`)ノァィ
おれ、美しい肌! σ(*´∀`*)えへへ
 
日進月歩でございますー。
さつき 2007/01/12(Fri)21:46:03 edit
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[05/02 黄金の狐]
[02/27 苺バタケ]
[02/24 苺バタケ]
[02/23 彩白]
[01/27 水有月]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

photo byAnghel. 
◎ Template by hanamaru.