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 嫌な音がした。それはとても不快で、とても人間らしからぬ音。
 
 
 でも、それは人間で、私の父親だった。この家に仕えてからというもの、いつも笑っていた父の顔が瞬時に消えてなくなる。
「あはははははははは」
 狂ったように笑い続ける母親。手には包丁、料理長であった母の唯一持てた無機物(武器)
 私はというと、恐怖と目の前の凄惨さに指すら動かせないで、ただその“食事”を眺めることしかできないでいた。
 父の腕が、足が、頭が。その口へと消えていく。その度に嫌な音は部屋中に響き、血や臓物は床を染め上げていく。
「はははははははっはは、あえ」
 ついには母親にまで、その“食事”の手は伸びる。捕まえると同時に、母の嘆願を無視して、その脳髄を噛砕き、咀嚼する。
 悲鳴もない、一瞬で一口で、頭の半分は無くなり、偶然だろうか、ソコから落ちた母の目は私を捉えた。
 
 ナンダコレハ。
 
 脳が麻痺してしまっている。眼も手も体も、全て。全力で目の前のものを拒否しようとする。本来こみあげて来る物さえ、今は出てきはしない。
 だけど、それは疑いようのない真実で、現実だ。いつもの屋敷で、いつもの部屋なのに、いつもとは違うだけ。
 だから私も数秒後には喰われて死ぬのだろう。それを覆す事はできない。一人の一般的なお手伝いである私がこの怪奇で凄惨な世界で何ができるというのか。
 
 
 そこで思いついた。何故かは解らないけど、最後に私を食べるモノだけはしっかりと眼に焼き付けておこうと、そう思いついたのだ。
 
 
 もしかしたらショックで混乱しているのかもしれない。でも、コレはきっと無意味にはならない。そう漠然としたわけの分からない意志だけで私の体は勝手に動きだす。
 さっきまで砕けていた腰で立ち上がり目の前のものを凝視する。私の母親の胸に噛み付く化け物を、私の瞳に焼きつける。
 赤い肌をした、大きな人間。だけども人間らしいのは顔だけで、他はよく分からないぐちゃぐちゃしたもの。顎は砕け、歯は欠けている口。
 その口で、最後に母の腕を食べた。
 大きな体のわりに申し訳なさそうにあるくらいの小さな足。黒く、よどんでいる瞳。
 その瞳は私を捉えて、近づいてきた。
 酸で焼けたような禿げ上がった頭。私の父より三倍はあろうかという巨大な腕。
 その腕で私を掴み挙げた。
 最後だ。その人の顔を見る。よし、完璧に記憶した。意味は無い事だけれども、私は少し満足した。少しばかり微笑んでしまったのかもしれない。
 目の前の怪物はたいそう不思議な顔で私を見つめ、それでも食欲には勝てなかったのか、異臭のするその大きな口を開けた。
 大きな口が目の前に、そして暗闇。
「―――――」
 意識が、私の人生が終わる直前。
 少し後悔した。
 最後に見た、あの人の涙だけは、もう少し記憶に残していきたかったな、と。 
 
 
 
 
 
 
 
◇◇◇◇
 
 
 
 
 
 
 
 
「貴女は誰ですか」
「知らない」
「お幾つですか?」
「答えられない」
「では、どうするのですか?」
「ここでは何もしないさ」
 月差し込む部屋の片隅に箪笥が一つ。その箪笥には何も入っていない。
 同じように箪笥以外、主だったったものは何もない部屋。ベッドが一つと箪笥、その上に一つある窓の外は雨が降っていた。
「……おかしな人ですね。何もしないのにここにいるなんて」
 クスクスと笑う少女。
「仕事だから」
「何もしないことが、ですか?」
「そう、今は何もしないことが仕事。他の何でもない」
 私はそう自分に言い聞かせるよう言い、彼女のベッドに腰掛けた。身長の足りない私は、立っていてもそう彼女との身長は変わらない。なのでベッドに座ると自然と彼女を見上げる格好になるが、彼女はそれを可愛いと一笑した。
 体調の優れなさそうな少女。彼女とは今日あったばかりでどうだかは知らないが、生まれてこの方、健康というものを知らなさそうな顔だ。いうなれば、不幸を呼び続け最後の希望すらも捨ててしまった人形みたいな。そう、恐ろしいほどにこの女性の目は冷たく澱んでいる。そのわりに、ケラケラと陽気で。やはり暗闇で笑っている人形を髣髴とさせるのだ。
「フフ、久しぶりに人とコミュニケーションをとりましたよ」
「それは何より」
 私の双眸に映る影はなんとも痛々しい少女の姿だった。全身に包帯が巻いてあり、なにかの大事故にでも巻き込まれたのだろうか、拘束具までついている。
「……あ、すみません。そろそろ限界のようです」
「ああ、長話をすまなかった。私の事は気にしないで寝てくれていい」
 そもそも無理を言って少女に会わせてもらったのだ。謝られる筋合いはない。
 私が腰を上げるのと彼女が目を瞑るのはほぼ同時。執事から理由は聞いている。彼女は一日の大半をこうして睡眠に費やさないといけないのだそうだ。
「それでは、おやすみ」
 木製のドアをゆっくりと閉める。
「姉さん……」
 寝言だろうか、閉める直前に苦しそうな声で彼女は呟いた。
 
 
 ドアが閉まる。軽い音と共に。
「ヨルクさーん」
 振り向くとムーがこちらに向かって手を振っていた。その格好は着替えを用意していなかったのか、出会った船倉からまるで変わらないフリフリのメイド服。まあ、この屋敷にはピッタリだが。
「なんだメイド。ついでにお昼はまだですか、とかそういうふざけた質問は却下する」
 つい軽口が出る。やはり、こいつはコイツでいい。独特なラフさがさっきまでの妙な緊張感を和らげてくれる。部屋の中の少女とは逆の雰囲気。温かく、人間らしい表情。
「えっ、まだなんですかっ!?」
 たいそう驚いた声。
 ……思い出した。こいつは人間らしいのではなくて、ただ単に馬鹿なだけなのだと。状況より食事や楽しさを優先し、且つ緊張感がまるでないという、もうどうしようもないくらい馬鹿なだけなんだ。
「と、とりあえず準備が整ったので呼びに来ましたよっ」
 そんな私の思いも知らず、昼食が遅れるのが気になるのか、口を三角形にしながらも律儀に報告してきてくれた。
「って、準備ってなんだ?」
「なんだ、て。準備ができたら呼びにこいって、そうしたらご飯にするって約束したのはヨルクさんじゃないですか!」
 もう! とふくれるムー。
 確かにそんな事を言ったような覚えもある。部屋の少女との会話、その雰囲気のせいかさっぱりと忘れていた。
「あー、飯は出かけ先になると思う」
「―――――」
 ふくれている。
 まるで親の敵を見るような目で私を見つめながら、頬を膨らませていくムー。だけど、しょうがないのだ。これから受けた依頼をこなしにいかなければならない。報酬は日本の情報と金、食事とこの館と言う拠点。つまりここで食事を取るには、まず働いて、それからだ。
「不貞腐れてくれるなよ。なに、出かけ先にはレストランもあるし、今日中に終わらせれば、夜には温かい布団で寝れるぞ」
「晩ご飯は?」
「そりゃ、豪華になるだろうさ」
「……本当ですか?」
「本当だ」
 まあ、今日中に終わるという事はまずないだろうが。
 喜んでいるムーを尻目に、昨日のことを思い出す。
 依頼、それは日本上陸初日、拠点が欲しくてブラブラしていた私たちに偶然舞い降りてきたものだった。
 戦争という不穏な空気のせいか、この国は近年犯罪が急増している。警察なんかもよく働いているがそれでも足りない。その足りない部分を我が身大切な金持ち達は自分の金で雇う、ということになっているようだ。いわゆる傭兵、用心棒の類。
 依頼には多くの種類があり、探し人、護衛、輸送、果ては暗殺などというものもある。そういう公では禁止されているものでも、このご時世、需要は高まっていくばかり。
 今回、私が受けた依頼は二つ、探し人と護衛。依頼人は同一人物、先ほど私とベッドで話していた少女の執事である。曰く「とある殺人鬼を探して欲しい。探し出したら少女に近づかないようにして欲しい」というものだ。殺人鬼という点はムーにふせて、普通の探し人ということにしてあるが、あんまり気乗りする仕事じゃない。「近づかないようにする」これは相手によっては遠まわしに暗殺を依頼されているようなもんだ。それも殺人鬼、報酬がよくなければけっして受けたくない仕事なわけだが、今好き嫌いを言っても始まらない。
「じゃあ、早く行きましょう。早く! 今日はあと十五時間しかないんですよ!」
 何も知らないムーが急かす。一つ楽しみがあるとすれば、コイツが本当のことを知った時どんな顔をするかだな。
「十二時間な。今ちょうど正午だ」
 時計はちょうど重なり合って、重々しい鐘を鳴らし始めた。まるで屋敷全体から鐘の音が鳴っているような感覚に、少し不気味さを感じる。
「いい音色ですね」
 ムーが本気で言っているのかどうか判らない声で感想を漏らす。確かに今まで聞いたことのないような音色だ。
「行くか」
「――ハッ! そうでした、早く探し出すのです。えーっと、……探す人の名前はなんていうんでしたっけ?」
「……それはこの屋敷を出てからにしよう」
 笑いを噛み殺しながらドアの前から玄関へと向かう。白と灰色を基調とした絢爛な装飾品の間を抜けていくと、そこは一面の草原だった。
 ちょうどその草原、どうやら広大な庭だったようだが、そこを抜けた辺り、周りの空気が緑以外の色を取り戻した頃、いつまでも待たせておく訳にもいかないので数秒後の展開を楽しみにしながら、ムーにその名前を口ずさんでいく。
「名前は、」
 屋敷から一際大きな鐘の音色が響く。
 いつの間にか止んでいる雨空には少し光が差していた。光は辺り一面何もない屋敷の周囲を照らし出す。
「な、名前は!?」
 後ろを歩くムーが詰め寄ってきた、その瞳には早く見つけ出して料理を食べたいと爛々に輝かせている。コイツ、食べ物が絡むと真剣だな。
 そんなムーに振り返り、今生最高の笑顔で答えてやる。
 
 
「名前はな、――――――“喰人鬼”。人を殺した化け物だ」
 
 
 
 
 
◇◇◇◇
 
 
 
 
 
 
 屋敷を出た後、私たちはそう遠くない町へと向かった。向かったのはいいのだが、金もないのでブラブラと情報を集めるしかなく、手分けして聞き込みをすることにしたのだった。金さえあればそこらにある怪しい情報屋なんかに依頼できたが、日本で言う所の一文無しである私たちには自分の足で集めるという方法以外なかった。
「無理、絶対無理です!」
 殺人鬼、しかもカニバリズムを前面に出している狂人を探すわけなのだが、やはりムーは反対だった。いや、喰人鬼と聞いた瞬間のムーの顔は素晴らしかったんだがな。
「そんなの当たり前ですよ。人を食べる人を探し出すなんて、普通聞いたら驚きます!」
 合流した私たちは仲良くレストランで遅めの昼食を取っている。時刻は午後四時、一日はあと八時間、まあ今日中に見つかるとは思えないが区切りとしてはちょうど良い。
「今日中に見つからなかった場合、違う依頼に乗り換えるぞ」
「フゴっ!?」
 スパゲッティーの五皿目を危うく噴き出しそうになりながら、ムーが私を見つめる。
「効率重視だ。期限は一日。できない仕事を続けるよりは、乗り換えていった方が確率が上がる」
「ん、……ングッ、一つに絞った方が確率は上がるんじゃないんですか?」
 喉に詰まったのか、水を飲みながらムーは首をかしげる。確かに、普通の場合はそうだろう。
「逆だ。百パーセント不可能な依頼、例えば探し人が死亡しているなどの場合がこのご時世案外多いんだ。今回探すのもその口、人殺しは特に消息が掴みづらい」
「でも、ほんの僅かでも今日会える可能性も捨てきれないと?」
「だから、一日。短いと思うかもしれないが、食事はともかく拠点と情報、それに金は至急に必要なものだ。今回は前金を頂いてあるし、そのままトンズラすれば問題ない」
「悪人ですねぇ」
 スパゲッティーの六皿目を注文しながらムーが呟く。まだ食べるのか。
「善人じゃ、世の中食っていけない」
 それに金の少ない今、お前の食欲の方がよっぽど悪人染みているぞ、とそう思いながらも私はとうに食欲のなくしたパンに手を付けた。
 
 
 レストランを出る。結局、「今日だけなら」とムーの了承も取れたことだし、このまま続行という形になった。
 だが、闇雲に探しても見つからないとさっきの聞き込みで理解できた。そもそも、殺人鬼自体有名でこそあれ、そんなにしょっちゅう事件を起こす事はないらしい。
 しかもこの殺人鬼、聞き込み続けた結果どうも存在が怪しくなってきた。
 
 
 
 喰人鬼。事件の始まりは三ヶ月ほど前にさかのぼる。
 その男は大して欠点などなかった、家庭も裕福であったし、運動能力、知能指数はその町の中でずば抜けていたし、愛する恋人だっていた。
 それは彼にとって満ち足りた人生だった。なにが狂っている訳でもなく、彼は本当に幸せそうだったと町の人たちは口をそろえて言う。
 だけども、事件は起こったのだ。
 
 その日、男は肉を食べていた。
 それはもう当たり前のように、それはもし覗いている人がいたとしてもただ朝食を取っているように見えただろう。
 だが、彼は泣いていた。血の滴るステーキを口に運びながら、いやステーキとしてはあまりにも生々しい肉を食べながら、ある一点を眺め続けていた。
 彼が見つめている先、そこには、
 そこにはワケの解らないものが鎮座していた。
「…………」
 無言で食事は進んでいく、その男は滴り落ちるその血の一滴すら惜しいように肉を口に運んでいく。一生懸命に、ただ一心不乱に。
 それが奇妙だと、変だと気づいたのは一体誰で何時だったのか。町中が大騒ぎになって、警官隊がその部屋に突入した時には既に食事は終了していた。床にこびりついた血さえ舐めあげて、骨も噛み砕いて嚥下し、五臓六腑は腹に収まっていて。
 
 
――――そう、最愛の人を、人を一人、食べ終えた後だった。
 
 
 男は自らの家に侵入してきた警官たちを見ると、泣いているとも笑っているともとれない顔で一言。別に誰に言うわけでもなく呟いた。
「これで……」
 
 
 
 
「―――これで?」
 ムーの顔のアップ。さっきまで無関心だったくせに話し始めると食いついてくる。
 それともなにか、同じ大食漢として興味があるのか。
「これで、までしか聞き取れなかったらしい。なんせその男、警官隊を振り切って逃げてしまったんだからな」
 暗くなってきた通りを歩く。相変わらず人は多いが、殺人鬼の噂のおかげか日中よりは少なくなってきている。
「警官隊を……、その人って魔術師か何かなんでしょうか?」
 どこで買ったのか、お饅頭をパクつきながら不思議な顔をするムー。忘れていたが、この大食いも魔術師の端くれだった。
「可能性としてはあるな、そもそも人を一人食べること自体狂気の沙汰としか思えないし、そもそも物理的に不可能だろう」
 まあ、魔術師が人を食べるってのも珍しいか。血や体液だけなら彼らの魔境で取引とかされていそうだが。
「……………」
 いや、目の前にいた。人一人食べそうな奴が。
「ふーん、そうですかー」
 お饅頭を食べ終わったと思ったら、お次はどこから取り出したのか肉まんを食べ始める。ところで知っていたか、饅頭はもともと人間の生贄の代わりだったそうだぞ。
 
 
 
 数分後、私たちは灰色の壁をした建物の前に立っていた。空はもう真っ暗だ。頼りないガス灯だけがあたりを映し出している。
「で、ここがその男の家」
 目の前を指差す。そう、ここが話に出てきた場所。喰人鬼の家だった。何か手がかりはないものかとやって来たのだが、扉が厳重に施錠されている。それももう誰にも開けれないように。釘を打ち付けまくったその紅い扉は、否応にも雰囲気が出ている。いうなれば、地獄の門みたいな。
「すごいですね、こんな大きい家」
 ムーの感想は私の思っていたのとは外れていた。確かに大きいけどな、家自体。でも、普通あの異様な扉に真っ先に目がいかないだろうか。
 家自体はそう小さなものではない。金持ちだったのか、周りの家と比べると一まわりも二まわりも大きい館だ。家のほとんどは灰色が基調とされていて、依頼主の洋館と似ているといえば似ている。大きな違いといえば、やっぱりあの門となるわけだが。
「さて、どうやって入るかな」
 館を見上げる。扉が封鎖されているとしても、窓から侵入できるだろうと思っていたが、
「窓自体もこう頑丈に釘や板が打ち付けられていたらな……」
 窓を軽く押してみる。少しずれる感じがしたがすぐにしっかりした板の感触が窓を通しても判る。これは無理やりブチ破ろうにも時間かかるだろう。
 だがものは試しという、何回かやって開かないのであったら、今夜は諦めよう。
 数歩下がる。ベストな距離を算出し、そこから窓に向かって一直線に跳躍する。
 
「ヨルクさーん、って、え?」
 
 何故か、目の前には突然窓から顔をのぞかせたムー。だが、急にはとまれない。人間そういうものだ。
 
 ゴチン。
 
 そんな擬音が聞こえるぐらい、私とムーは顔面から衝突した。
 
 
 
 
 
「す、すまん」
 傷む頭をおさえながらムーに謝る。
「いたいです……けど大丈夫です。おおよそ分かってました」
「なにが?」
「いや、来るだろうなぁと」
「そうか、すまない」
「はい、とりあえず、どいて頂けると嬉しいです」
 ムーの上から体を起こす。服についた埃を払い、辺りを見回す。勢いが良かったのか、私はムーもろとも部屋の中に転げ込んだらしい。部屋の暗い闇の中、何とか目を慣らすが大部分が把握できない。
「はい」
 明るい光が横から入る。ムーがどこからかランプを持ってきて点けたようだ。
「…………」
「ん? どうしたんです、そんなに私の顔を見て? もしかしてさっきのお饅頭が付いてますか!?」
「いや、そのランプはいつ用意……てか、そもそもお前はどうやってこの家に入った。窓だって釘でしっかり止められていたはずだが?」
「家には普通に入りましたよ、ドアから」
「ドアって頑丈に封鎖されていただろう」
「いえ、押したらすんなり開いたんです。たぶん、私たち以外にも入ってきた人がいたんでしょう」
 そう言われれば、そうかもしれない。なんせ人が人を食べると言うすさまじい事件だったのだ。興味半分に訪れた人がいたとしてもおかしくはない。
「それと窓はしっかりと釘で止められていたので、仕方なくぶち壊しました」
 えへへーと笑うムー。持ち主がこの場に居たら泣きそうにセリフをよくこうも平気に言うものだ。
「一ついいか?」
「はい」
「ぶち壊したって?」
「ええ、そこの道具一式を使って」
 指差す先には確かに道具が一式揃っている。揃ってはいるのだが。
「思うんだがな」
「ええ」
「さっきからそこに立っている人のだと思うんだ。だから、それを返して差し上げなさい」
 先程から窓際にちらりちらりとこちらを覗いている男がビクッと反応した。バレてないとでも思っていたのだろうか。
 男は慌てながらもじーっとコチラを眺めている。そこに何の疑いもなくムーが道具を返しに行った。
「あのっ、すみません、使わせてもらいました」
「――え、あっいや、どうも。コチラこそすまない美少女、襲われるかもと隠れていたけど、君たちはどうやら違うようだ」
 ニカッと笑う男。全身黒ずくめ、まるで大きな影のような風貌をしているが、なんとも顔立ちが整っている。てか、なんだ。今物凄いセリフが出たような気がするのだが。
「美少女っ!? え、いやそんな!」
 そんな事を言われたのは初めてなのか、いや誰でも初めてだろうが、うろたえるムー。男とムーは二人して同時に頭をかき始めた。というか、なんで初対面なのにフレンドリーなんだ二人とも。
 こいつは私の敵か、否か。さっきから私はそんなことしか考えていない。もし敵であったならどう行動するか、どう効率よく殺すか。育ちの差だろうが、私とムーに越えられない壁があるように感じて、少し落ち込んだ。
「で、誰なんだお前は」
 警戒を緩めながらもほどよい緊張は残しておく。男を見つめながら私は尋ねた。
「ああ、そうか。他人と会うのは久しぶりなものでね、挨拶すら忘れていた」
 なんでか男はムーと握手しながらコチラに振り向く。ニコニコするその顔から悪意は感じ取れない。風貌は怪しいがそう悪い奴ではないのかもしれない。
「俺は黒井、黒井華。そうだな、イケてるプー太郎ってところだな」
「ぷー……たろう?」
「なんだ、君たち。日本語ペラペラだから日本育ちかと思ったけど、違ったのかな」
 違う。ムーがどうだかは知らないが、私が日本に来たのは初めてだ。日本語自体ドイツにいたころ日本から渡って来た女性に習ったもので、友人曰く「独特」のものらしい。まあ、通じればいいし、そもそも日本来る予定なんかなかったからな。
「プー太郎というのは無職の事ですよ。なんでも風来坊から来ているとか」
 ムーが意外な知識を見せつける。どうでもいいが、いつまでお前らは握手をしているつもりだ。
「で、その無職が何をしているんだこんな所で」
「その呼び方はなんか心にグサグサ来るからやめてほしいな。というか、そういう君達こそ何をしているんだ?」
 私とムーは同時に顔を見合わせる。どう説明したものか。
 素直に言うのもどうなのかと思うが、誤魔化すのも相手が気づいた場合にいらない誤解を生みかねない。状況を説明するのに悩む私たち。そんな私たちを見つめながら黒井が呟く。
「……一応、俺の家なんだけど」
「っ!」
「――あ、いや、うん。驚かないでくれ、って言っても無理か。驚いてくれてもいいから少し話を聞いてくれないか」
「……えーっと、あなたが喰人鬼さんなんですか?」
「うん、それがそうなんだ。俺が喰人鬼と呼ばれているんだけど」
 ムーの質問に恥ずかしそうに答える黒井はどうしようもないくらい敵意のカケラもなく、人を殺したヤツとは思えないほど正常だ。ニコニコとその無害感はどこまでも広大なサバンナを連想させるほど。一体、どういうことか。
「とりあえず、落ち着いて聞いてくれないか?」
 
 
 
 
 黒井華。どう見ても怪しげで、且つ自分から「喰人鬼だ」と名のっておきながら、その正体は聞いてビックリ私たち美少女の味方らしい。
 今、私は自分の事を美少女と言ったが、別に私が言ったわけではない。目の前でムーに求婚している黒い男がそう言ったのだ。
「ムーさん、俺と結婚してくれ!」
「嫌ですよ」
 八回目の告白をあっさりと断られてもなお、ニコニコと人のよさそうな笑顔をしている黒井。何回断れても挫けないコイツの精神。頭痛がする……なにか、最近の殺人鬼はみんなこんなにフレンドリー且つバカなものなのか?
 喰人鬼という私が想像したイメージとはまるで対極にある馬鹿な男。いや、噂ではかなりの博識多才らしいが、どっちにしろ人を一人喰らった化け物のイメージには結びつかない。
「それだったら、ヨルクちゃん。結婚してくれ!」
「不可能だ」
「うわぁ、嫌だとかじゃなくて不可能なんですね……」
 初めて会って早々結婚を申し込む輩にはな。どれほど節操なしなんだ。
 と、仲良く談笑してしまっていたが、考えてみれば私たちはこいつを殺さなければならないのだった。
「うむ」
 どう見ても人を一人殺しているようには見えないこの男。だが、コイツは自ら自分のことを喰人鬼と名のった。既に狂気に捕らわれて人を食い殺したと思っていた故、殺すのに躊躇はないと考えていたが、こうもまともな人間らしい人格だと気がひけるな。
「ハハ、何を考えているんだ私は」
 
 既に殺す気などないくせに。このように談笑している時点で、私はもうこいつを殺すことなどできやしないのだ。
 
「突然笑い出すヨルクちゃんも素敵だ」
「ですよねー、ヨルクちゃ……あ、ダメなんですよ黒井さん。ヨルクさんです、さん」
「ちゃん付けはダメなのか? 可愛いのに」
「ちゃん付けで呼ぶと怒られるのですよ」
 ヨヨヨとわざとらしく泣き伏すムー。
 あー、考え事をしていたので二人の動向には無視していたが、そろそろツッコミを入れたほうがいいのだろうか。その、馬鹿な同行者の教育も兼ねて。
 
 
「さて、お前」
 黒井を指差す。突然指されたのに驚いたのか、黒井は姿勢をピンッと正した後、不思議そうな顔をした。
「なんだ?」
「これから大切な事を言う、ちゃんとそのカラッポな頭に詰め込んでおけ」
「カラッポの方が夢詰め込め――」
「だまれ。いいか、一回しか言わないからよく聞けよ。そして聞いたら必ずそれに従え」
「そこまでしなければ?」
「そうしなければ、お前を殺さなくてはならない」
「解ったけど、約束を守ると、そう俺を信用してくれているのか」
「お前はそこまで愚かじゃない。言葉で言えば解ってくれると思ったからさ」
「なるほど、従おう」
「よし。まず一つ目だ。白石という者の家に近づくな」
 あの家に近づかないように言っておけば一応依頼どおり、依頼主とて文句はあるまい。
「二つ目は、私たちの事を他言する事のないよう」
 一応念のため。
「そして、三つ――ん? どうした、なにかあるか?」
 いつの間にか、黒井は険しい顔をしていた。なにか、歯車が狂ってしまったようなそんな顔。
「一つ目は……なんだって?」
「一つ目か? 白石家に近づくなと言う事だったが」
 一回しか言わないと言いながら、黒井の表情に押されてついつい答えてしまった。
「白石家、そこには女の子が二人、そうだな十二と十歳くらいの、いなかったか?」
「…………」
 あのベッドの少女の事だろうか。年齢的にも近いと思うが、屋敷には彼女一人しかいなかった。もう一人、おそらく同年代の少女なんて屋敷にはいなかったはずだが。
「判らない」
「そうか」
 不用意に情報を漏らすこともないだろう。黒井も食い下がってくると思ったが、ぼやけた顔で物思いに耽り始めた。
「……さて、気を取り直して三つ目だが、もう殺人はやめろ。私が言えた口ではないがな、そういうのはどうも癇に障る」
「ん、ああ、言ってなかったか? 俺、殺人なんてしてないんだ。いやまぁ、彼女の件はそう取られても仕方がないんだけど」
 ぼやけた顔のまま返答する。
 いや、まて……おかしいぞ。
「何を言っている、現に一昨日も腕だけを残した行方不明者が出たそうじゃないか」
 聞き込みで得た情報では、週に一回あるかないかの頻度で、体の一部を残した行方不明者が出るということだったが。
「それはない」
 黒井は少し真剣な顔をして答えた。
「俺は今日まで山奥に引き篭もっていたんだ。アレ以来街に降りてきたのは今日が初めてだ」
「なに?」
「もし本当に行方不明者が出ているのだとしたら、それは俺、――喰人鬼の仕業じゃない」
 それは……どういうことなのか。
 なにか、大切な事を見落としている気がする。
「嘘では……ないか」
「ああ、事実だ。今日この家に帰ってきたのも――コレ、彼女の髪飾りを取りに来ただけだし」
 ポケットから取り出した髪飾りを見せる。銀色の高価そうな髪飾り。
「整理しよう。お前が殺したのは、お前の彼女一人。それ以外は無関係で、山に引き篭もっていた。今日出て来たのは忘れ物を取りにくるためでいいのか?」
「――殺したわけじゃないんだけど。まあ、で、今日出てきてみるとなんとまぁ俺の噂が広まっている広まってる。しかも脚色されていたりと散々だよ。中には先日あった、人質を取って列車の中で皇帝を殺害しようとした事件の黒幕にまで引き上げられていたしな」
「難儀だな」
「うん、だから今すぐその腕で優しく抱擁して欲しい」
 飛びついてきた黒井を軽く足蹴にしながら少し思考を奔らせる。
「…………」
 おかしい、大筋の間違いはともかく、どこかでなにかが引っかかっている程度の違和感の存在。それが悪寒を感じさせる。この男と出会った瞬間から感じていた、狂っている感覚。
「それとその約束は守れそうにないな」
 体勢を直し、その紅いドアを見つめながら黒井が呟いた。
「少し、白石家に赴く用ができたようだ」
 その時、風が吹いたのか、ランプの光が一瞬なびいた。いや、違う。黒井の影が少しなびいたのだ。まるで、何かを懐かしむかのように。ゆっくりと。
「その意志は固いか?」
 尋ねる。返答によって私たちの岐路は無限に広がる。その中で一つ、見当をつけた道がこの男の返答によって同時に決まる。
「ああ、コレは大事な事だ。俺が俺でいるための一番大事な行動だと思う」
 吐き出す言葉はその無害な顔に似合わず重い答え。コレで道は決まった。後はこの道に沿って進むだけ。凶とでるか吉とでるかは終着駅までのお楽しみといったところだろう。
 
 
 
 
「むー、イマイチ理解できないのですがー……」
 黒井の家を出てからそうたたないうちに前を歩いていたムーが振り返りながら尋ねてきた。
 しかも振り向いたまま、後ろも見ずに歩き続けるのだから器用なヤツである。
「理解しなくていいぞ。説明めんどくさいし」
「めんどくさいですか……うー、なんかだんだん私に対する扱いが酷くなっているような」
 溜息。だが、それは私も同じだ。ここまでややこしくなるとは思ってもみなかったからな。
 一呼吸おいて、
「俺も聞きたいな、何故俺を殺さなかった? それに、どうして俺が行くのを止めない」
 なんて隣を歩く元凶も聞いていた。
「お前が言うか? 大部分はお前のおかげなんだが」
 冷たくあしらってやる。そう、なんていたってこいつとも出会わなければこんな事にはならなかったのだからな。
「といいますか、ヨルクさん」
「なんだ」
「えっと、喰人鬼さんを近づけさせない、と言うのが今回の依頼でしたよね?」
「そうだが」
「それで、黒井さんは喰人鬼さんなワケで。で、今向かっているのは依頼主のお屋敷なワケで」
 んー? と首をかしげるムー。まあ、説明しなければこうなるだろうな。
「仕方ないか、いいかよく聞けよ。
依頼主は嘘をついている―――と言うよりは隠し事をしているの方が適切かな。これは予想だが私たち以外にも依頼を受けた奴らがいるはずだ。そいつらも私たちと同じように喰人鬼を殺せと言われている」
「俺ってまさか狙われてるの? 困るなぁ、君たちみたいな女の子になら狙われてもいいけど、男とかは最悪だな」
「だが、重要なのは何故そのような依頼をするかだ」
「無視かー」
「最も考えられやすいのは復讐、または狙われているかしていた場合の自己保全だが。あの少女に当てはまるとしたら、……復讐だ」
「……………」
「さて、話は変わる。ここにいる黒井が殺したのは一人しかいない」
「違う、殺したわけじゃない」
「変わらないさ、その彼女の存在を消した時点で、お前に恨みを抱いても仕方なかろう」
「えっ、じゃあつまり……?」
「そう、少女は黒井、お前が殺した誰かの為に依頼したんだ」
 そして、仮定は続く。黒井の言った屋敷にいる少女の話。あれの出所がもし黒井の彼女によるものだとしたら。
「黒井が殺したのは屋敷の少女の母親か、または姉だろうな」
「その通り。よくできました。当たっているよ。俺の最愛の人、白石飛鳥には二人の妹がいた」
「その一人が、屋敷の少女?」
「いや、まだ断定はできない。二人いると聞いているから、だけどヨルクちゃんの仮定が正しいとするならば可能性は高いよ」
 黒井の行動理由は何となく想像がついていたが、問題はもう一つ。
「で、ここからが本題だ」
 話はここまでと予想でもしていたのか、二人はキョトンとしている。いや確かにコレで全てのように思えるが、私が違和感を感じているのはそんなことではなかった。
「問題は、なぜ少女は私たちに“殺せ”ではなく“近づけないように”と依頼したんだ? そもそも、使用人の口を通した理由は何だ?」
「……あれ、確かに。どうしてなんでしょう?」
「それを確かめに行くのか?」
「ああ。それになんだかな、嫌な予感がする」
 見知った気配とでも言うのだろうか、閉じた左目が異様に疼くのだ。
 
「関係ない話なんだけど」
「なんだ?」
 話もひと段落したのだが、黒井が私の顔を見つめながら言葉を選ぶように、話しかけてきた。
「その目はやっぱり使えないのか?」
「…………」
 ああ、なんだそんなんことか。ムーも気になってたみたいだが、気を使って訊かなかったな、コイツめ。
「左目か、別に使えるが」
 日本に着てからほとんど閉じていた左目を開く。軽い頭痛がするが、そのうち収まるものだ。
「この通りオッドアイでな、正常な方が茶色で、こっちが異常なほう(Draff red)の眼。人にとやかく言われるのが嫌いでね」
 生まれつきのオッドアイ。先天性のものでどうにも他人からそれを指摘されるのがうっとおしかったため、今まで瞑っていた。まあ、そのおかげでこういう勘違いもよくあることだが。
「キレイですねー、ホントに左右で色が違う」
「うん、赤も深みが合っていいな」
 各々の感想を漏らす二人。いや、いいのだが、早く視線を外してくれないだろうか。こうも視線を浴びるのは馴れてなくて、居心地が悪い。
「もういいだろ。さっさと、行こう」
 どうにも二人とも食いついてくるように見るのでこちらから視線を外して歩き出す。
「照れるなよーヨルクちゃんー」
「照れてない! やっぱり殺されたいか」
「テレ?」
「お前も殺すぞ、ムー」
 なんで? なんて疑問符を浮かべながら首を傾げるムー。
 時刻は真夜中に近いと言うのに、どこまでも騒がしい一行。住人達は迷惑かもしれないが、ここにいるのは喰人鬼と魔術師に私兵という妙な組み合わせ。本来相容れない存在だからこそ盛り上がる。それに、喰人鬼に怯える住民には意外と心落ち着くものではないだろうか。
 
 
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