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――カタンコトン、カタンコトン
列車が奏でる独創的なリズム。それに耳を傾け流れ行く景色に目を移す。流れ行く緑、流れ行く雲達。隣に座っている彼女はずっと外の景色に見入っている。
――カタンコトン、カタン、コトン
都に向かうのは約一年ぶりか。僕は何か変われたであろうか。
時は流れゆく。全てに平等とはいかないが。だけど、何かしら変わっていくもの。しかし、僕は変われた気がしない。
――カタン、コトン……カタ、ン…………
列車は止まった。駅に着いたのだ。しかし、この駅は降りるべきではない。小さな駅、多少の出入りがおこなわれるだけ。
いっそのことここで降りてしまおうか……。
そんな考えが頭をよぎる。しかし、無垢な声で打ち消される。
「九夜さんいつになったら着くのですか?」
「それは乗るときに言った。順調に行けば昼ぐらいには着くだろう」
隣の彼女は照れ笑いをしながらまた外の景色を見る。無垢なる声の持ち主――彼女の目には何が映っているだろうか。それを想像しながら瞼を閉じる。
――……コ、トン……カタン、コトン
再び動き出す列車。劣悪な振動を感じる。またも繰り返されるリズム。
「乗車券を――」
車掌の声が聞こえた。懐から乗車券を出しておく。
――ガタン
その音を聞き取ったのは一人だけ、僕だけだった。汽車とレールの合間からかすかに聞き取れたのだ。
「……気のせいか」
小声で自問自答をする。
「どうかしましたか?」
「気のせいだ。気にしないでくれ」
そういって僕は瞼を閉じる。
――ぁぁ……!
これは完全に聞き取れた。おかしい、後ろの貨物室の方からだ。警備についている軍人(今回はやけに多いのだが)しかいない。人が倒れる音、叫ぶ声は聞こえないはず。何かあったのか……。
見渡せば気づいたものは自分ひとりしかいない。否、もう一人居た。同じ魔術の才を持つもの、春がいた。彼女も確実に聞き取れているみたいだ。
「九夜さん?」
「このご時勢だ、警戒をしておけ」
「はい……」
不安そうな春を苦手とする笑顔で励ましておく。しかし、彼女の死角に入れば陰湿な顔へと戻る。
何も起こらない事を神に祈るだけか……。神よ、八百万の神たちよ……!
だがしかし、祈りは届かない。連絡路の扉が乱暴に開かれ、続いて悲鳴が上がった。振り返れば覆面を着けた者達がぞろぞろ出てくるところだ。
「叫ぶな、動くな、抵抗した者はこうなる」
先鋒か指導者か一人の覆面から放たれた言霊。それは僕達を人質か何かにするということ。
彼の足元には赤い池が広がっている。先ほどの者のものであろう。
幸い今のところ誰も抵抗はしていない。彼らの手際の良さと威圧の強さのおかげだろう。
「我等の目的は貴様らを人質にすること」
「次期皇帝華彩の継承権の剥奪、若しくは殺害だ」
「それまで大人しくしていてもらおうか?」
僕は頭を横に振る。だから軍人が多いわけだ。
隣を盗み見る。春は振るえていた。彼女達の初乗車はこんな輩に潰されたか。
数名が僕らのほうに歩いてくる音がする。
静寂の中、抵抗しなければ殺さないという言葉を無視した者がいた。
「お、お前達が何しようと華彩様は皇帝になられるお方だ!」
一人が覆面の下からでも解る笑みを溢した。
「貴様らの死で継承する皇帝、血塗られた皇帝……。いいねぇそれは」
二人目が刀を振りかぶる。悟ったものは最期に叫ぶ。
「か、華彩様万歳!」
とっさに若い衆に見るなと言えたのが幸運だった。各々固く目を瞑ったり、両手で顔を覆ってたりしていた。
シューっと気が抜ける音と、物が軟らかい物が倒れる音がした。あぁ、昔のあの光景を思い出す自分がいる。
「さぁて、お次は誰かな?」
再開される足音。誰もが頭を顔を伏せる。自分の番にならない様に、さながら難しい問いに対する生徒だ。
僕も顔を伏せる。世に未練は無いが、こんな輩に殺されたら未練が残る。ちらりと隣を盗み見る。隣は手で顔を覆い震えている。
僕の横をゆっくりと威圧するように足音が過ぎていく。これでひとまずは安心だろう。
彼らの話し声が聞こえた、その声は酷く小さく、また顔を伏せている僕らには聞こえない。そしてこれが皆に恐怖を与えるのだろう。次はあいつにしようかと……。
戻ってくる足音、止まる足音。それは僕の横。何が起こる?
「女、立て。こちらに来い」
ハッとなって顔をあげた。しかし、お前ではないとこめかみに銃を押し付けられる。
春の顔は青。さらに、僕の有様を見て焦点が合わない。ふらつく足元、揺れる瞳。
銃を突きつけられ溶け出した氷河。しかし、春が立つと同時に再び訪れる氷河期。
目を瞑り、思考する。三等車両に行けば抵抗は激しくなる。故に、人質若しくは盾が必要。……春の服装はニ、三等といえなくもない。さらに軍人は次期皇帝を護る軍人は人質の命は見ないだろう。覆面たちも使い捨てるだろう。結果は死……。これでは僕の義が、神主様との約束がッ!
奥に座っていた春は僕の前を過ぎた。離れる銃口、束縛から解放されるわが身。彼女が通路に出た時には既に式が出来上がっていた。
その音の始まりは本当に小さな”音”であった。
『雷神ノ叫ビヨ 我ガ眼前ニ轟ケ』
本当に一人にしか聞こえない祝詞。それは引鉄。
雷が落ちた。この狭い車両に。圧倒的轟音。耳鳴りがするほどの轟音。世が白くなるほどの光量。これに堪えられるものは……ほぼ皆無。
倒れる横の春と覆面たち。当たれば感電し死んでしまうであろうから。それに、殺しは僕の義に反する。ただ、念のために電流を無害なまでに落としたが。だから、彼女達は光と音で気絶しただけ。
効果範囲を無理やり設定しておいたので他の者は無事だ。それでも一斉に皆、こちらを向いた。一般人としてのオブラートの鎧は剥がれ落ちた。
息を合わせたかのように銃口がこちらを向く。火を吹く前に先ほどと同じ術式を連続で使う。光、音で車両内を支配し黙らせる。当然民間人も巻き込まれたが。それでも構わずに使い続ける。
だが、貨物室からの増援。多勢に無勢とはこういうことか。
向こうはこちらが魔術師と知って無様な突撃はしない。こちらも攻撃の手が無い。車内の自然中の魔力が足らない。己の体内から搾り出してもいいが、自然魔力が回復し魔具を使われると厄介だ。よって術式を換える。
『風神ノ愛ヨ 我ガ身ヲ護レ』
しかし、彼らは打って出た。鉄の雨が僕に降り注ぐ。だが、それらは僕に当たらない。見えない障壁により燃え尽きるか、押しとめられ床にことごとく落ちる。
僕の周りで風が渦巻く。髪が乱れ、服が暴れる。しかし、気にはしない。この風は僕にとって心地よいものだから。
一人が動かないのを見計らって突撃してきた。ご名答。魔術障壁は大抵魔術にしか効果を発揮しないものが多い。物理にはとても弱いのだ。しかし、僕の使った障壁は魔術物理共々防ぐ事が出来る最上級といえるものである。さらに―――
突撃してきた者は吹き飛ばされた。文字通り風神の息吹によって。
さらに、僕の意思で力の調節と指向性を持たせることが出来る。
しかし、一発の弾丸が頬を浅く切り裂いた。流石は魔術付加型。障壁の効果時間切れが迫る。
足元で寝ている春を抱え元の席に戻ると同時に風がなくなる。最上級ものは連続で紡げない。よって、中位級の障壁で身を護る。出来るだけ多くの人を護るために広く強い障壁を紡いだ。
だが、身体が震える。限界への警告。喉の奥から迫上がる血液(ちえき)、涙の代わりに流れる血涙。
僕もこういう終わり方をするのかと口の端を吊り上げた。自嘲。
誰かが引き際が肝心だと言っていたが、僕は既にあきらめていた。急速に暗くなる世界、浅くなり遅い呼吸、激しさを極める震え、暴れる心臓。それでもなお発動する魔術。聞こえる銃撃音。
天の救いか、それとも死神の囁きか、三等車両側からの銃撃音。椅子と椅子の渓谷から見えた青い軍服の走り去る影。助かるとは端から思ってはいない。
意識がまどろむ。多重演奏と無理な継続発動、さらに力の調整でついに限界が迫る。並みの魔術師ではここまで連続して出来なかっただろう。
最後に魔力石を造った。ほんの小さな水晶ができた。苦手な錬金術でさらに負担がかかる。どうにか持ってくれ。
この魔力石というものはいわゆる電池みたいなもの。術者という発電機が無くてもしばらくの間魔術が使用できる。しかし、これだけでは術は発動しない。文字を刻み込まなければ式という部分が抜けているために発動しないのだ。
まどろみに引きずり込まれる。怒声、悲鳴、銃声。意識の片隅に聞こえた。手元から落ちた魔力石が淡く光った。薄い光の障壁が展開されたのを感じ、僕はまどろみに引きずり込まれた。
強すぎる魔力にあてられてまどろみから僕は這い出した。油が切れて動かし辛い機械と同じように、悲鳴を上げる身体に鞭を打って身を起こす。起こした瞬間吐き気がした。こらえきれずに吐き出した。……吐血だ。
「貴様、大丈夫か?」
声がしたので通路を見れば、青服の軍人二人が立っていた。声をかけたのは足に魔術具をつけた偉そうな軍人だ。この者からは特殊な魔力を感じる。片やそう偉くもなさそうな者は魔力の燐片すら感じないが、何故か胸の辺りから懐かしい魔術具の気配がする。
彼の問いに返事に窮したが一応、「平気だ」と身振りで答える。
「出来ればこの結界障壁を解いてもらいたいのですが」
偉くなさそうな方が言った。辺りを見れば戦闘は終了しているみたいだ。相手は戦闘の専門家、素直に結界を解く前に。
「約束して欲しい事がある」
「なんだ?」
頭上に疑問符を浮かべていそうな顔で二人が同時に言った。
「あなた方はこの戦闘の序を知りたいのだろう?」
「そうだな」
「だったら僕だけ拘束すればいい。僕が雷撃を撃ったり、この結界を貼った。だから、僕だけだ。他の者はただの被害者だ。何も関係は無い。安全を確保してやってくれ」
二人は何か話し合っていた。だが、決まりそうには無いため決定打を撃つ事にする。
「結界を解けるのは魔術師のみ、故に、僕が解いて見せよう」
足元に転がっていた魔力石を拾い上げ握りつぶす。すると、結界障壁が解けもとの空間に戻る。さらに、僕の魔力の一部が戻ってくる。身が軽くなった気がする。
二人は話し合いをやめ、頷き合うと言った。
「約束は守ろう」
「ですが、君の身柄は拘束させてもらうよ」
「ああ」
これで良い。これで良いんだ。春は座席に沈んだまま小さな寝息を立てている。村の若い衆は話を聞いていたのか不安と恐怖を感じている顔をしている。
背中を拳銃で押された。押された方向に逆らわずに歩く。ちらりと後ろを盗み見た。さっきの二人も付いてきている。魔術に対する知識と耐性を持つ者はこれくらいなものだろう。
着いた先は貨物室。まだ、床の血が乾ききっていない。
貨物室に近づくにつれて、起き上がったときから感じていた魔力は次第に強くなり、どうやらここが発生源らしい。魔力の強さは今までの中で最大級いや、最大もの、しかし魔術論などは僕のほうが勝っていると思われる。まだ本格的に魔術論を学んでいないようだ。取り巻く魔力が不安定かつ鈍い。しかし、その鈍さゆえに強力な力を出せるのだろう。
「……魔人か?」
独りポツリと言葉が出た。魔人とは人を超えた存在である人の事だ。
拘束具で身動き取れなくされ、床に座った。目の前の積み上げられた木箱の上に魔力の発生源――青い軍服の女性兵が隠れるように座って欠伸をかみ殺していた。
僕の後ろにはまだあの二人が居座っている。
「ほほぅ、おぬしが暴れていたものかぇ?」
ひそひそと話しかけてきたので、頷いて肯定してやった。丁度その時、光が射し、彼女の姿が見て取れた。紅い目、紅い髪の少女か……歳は春と同じくらいだろう。
長い長い沈黙が続いた。この間ずっと彼ら軍人三人の観察をしていたが、魔人少女は全くと言っていいほど落ち着きが無い、それ故魔力の強い彼女だから一挙手一動に警戒させられる。さらに、この中で一番偉いと思われる者は常に何かを背負っているように思えた。しかし、それは軍人としての使命感ではなくもっと何か大事な物……そう感じる事が出来る。残りの一人は全く魔力が無い、しかし胸にかけている懐かしい護符のおかげで魔術から身を守っているようだ。だが、時間がたちこの護符の事を思い出した。これは僕が若い時に作った、一人にしか渡していないものだ。
「滝守特佐、月野特尉! 拘束結界の準備が終了いたしました! この場から退避して下さい!」
彼らが出ていき扉の閉まる音と鍵のかかる音、拘束結界の嫌な空気がこの場を支配した。
そして、いつの間にやら、紅い髪の女性兵はどこかへ行ってしまった。拘束されるのは誰だって嫌だから、知らせを聞いて去ったのだろう。
暗い車両内、僕は木箱にもたれ掛かり列車が織り成す独特のリズムに耳を傾け、目を瞑る。
――カタンコトン、カタンコトン
これが夢でない事は確か。
――カタンコトン、カタン、コトン
君がここにいただなんて僕は思いもしなかった。
それに、君も僕もだいぶ変わってしまった。それ故僕らは一目で分かり合えなかった。
――カタン、コトン……カタ、ン…………
君が気づいたかどうかはわからないけど、僕は気づいたさ。君が今でもそれを身に着けていたおかげで。
――……コ、トン……カタン、コトン
十矢、もう一度君に会えるであろうか。ただ唯一無二の親友よ……。
風の歌声が列車が織り成す伴奏にのってそっと僕の耳に届いた。