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車に乗せられて半刻ほどたったところで、わっちは車から降ろされた。

軍の本部?そういえば、特殊任務がどうのとか言ってなかったかの?

「空殿、では、こちらへ」

「はいはい。あんまり退屈だと、わっち、帰るかもしりゃんせん」

麻倉と言う男は、気にした風でもなんでもないような顔をいている。むー。なんかむかつく。

戦争なんて、『私』にはくだらないものだと思う。跡継ぎだ、権力だ、と。――制服組のやつらは背広組の駒でしかなく、背広組は国民のためと言いながら、自分の利益のためだけに戦争や、法制を作ってきた。わっちは、そんな黒い思惑の渦巻くセカイの中心に幼いころはいた。まぁ、物心ついた時にはあの寺にいたわけ。どんな思惑、意図、駆引きがあったのかは、幼い、幼かった『私』にはわからない。そんな『わっち』がまたそんな、「もの」の中へ入っていくと思うと、この血の定めからは逃れられないのかと、わらってしまう。

「はぁ。くだらん」

「そうでもありません。確かに、所詮王を決めるだけの継承戦争ですが、私はこの国が強くなるきっかけになると思っています。そのための犠牲にしては少々時間と民、軍人に負担がおおきいかもしれませんが」

「…………。」

この男、わっちの考えていることがわかるのか…?確かにそういった『力』の存在も可能性の範囲内としてはある。わっちが知らないだけのことかもしれん。―だが、実際この能力は先天性のものであり、一部の者にしか備わっていない。このことをまだ草薙は知らない―

「そんなところです。失礼しました。あまり使いたくない能力ですが、空殿があまりにも魔力が強いので、自動で発動してしまったようです」

「それなら許してやるぞ。わっちもその能力ほしいの。――ただ、知りたくないこともわかりそうだの」

「はい。空殿、ここで少々お待ちください。失礼します」

そういって麻倉はわっちを扉の前に残し、扉の向こうへ消えていった。わっちは手持ち無沙汰になってしまった。つかれたの。とりあえず、椅子がおいてあったので座った。ようやく、この建物がどんなものなのか見えてきた。西洋を感じさせる豪華な造りだが、なんというか「嫌味がない」そう、気品がある。――建物だけは。ステンドグラス、シャンデリア、おそらく有名な絵画。どこかの城のよう。しかし、内部に流れている気配や雰囲気はどこか鋭く、火薬の匂いがしてもおかしくないような気が流れている。

「空気がいたいのう…。こんなところで疲れないのかの…。わっちにはむかん」

そういって、首を背もたれに預ける。

「空様。――お久しぶりです」

そういって、逆さまに立っている―違った、首を擡げているからか。わっちの名を呼び久しいというこの女。はて、誰だったかの?思いだせん

「――空様。やっぱりお忘れなのですね。そんなことだと思っていました」

長い青みがかった髪。背はわっちより少し高いくらい。青い軍服がよく似合う。一番の印象はこのどこか挑戦的な目。この丁寧な言葉だが、口調も挑戦的。あ…。

「馬佐良優実…だったかの?」

「だったかの?ではありませんわ。お友達でしたのに」

そうはいっても本当に遊んでいたのは10歳まで、『私』がまだあの屋敷に住んでいて何も知らない愚かな小娘に過ぎなったときだけ。そうは、いってもまだ小娘には変わりない。この馬佐良優実(バサラユウミ)は御三家で5大財閥の内のひとつの出である。5大財閥はわっちの姓の『草薙』、わっちの後ろで軽く笑っている『馬佐良』、金融の『三井』、炭鉱の『住友』、海運の『三菱』。この5つの財閥で殆どの市場を独占している。また、御三家とは、政治に関与し、国の発展に力を注いできている家である。『馬佐良』『撼凪』そして『草薙』つまり、経済にも政治にも力を持った名家の者、ということだ。わっちもそういう血の定めを持つものなのだが。

「優実よ、おぬしがなぜここにおる?その青い軍服はなんでありんす?」

「空様。ここは、軍の施設ですよ。それに私はお父様の指示に従っているだけですわ」

優実の父、馬佐良深紅朗。この国の軍部の長。三男側ではあるが。軍部にいながら、政治的な発言の的確さや、その着眼点が高く、裏でこの国を動かせるものの一人だ。そんな人間早々いるわけもないが。

「軍か…。なにも聞かされておらん」

わっちはそう言った時、奥の扉が開いた。

「お待たせいたしました。空殿こちらへ」

「うむ。ではの、優実」

「はい。空様」

扉の向こうは大きな机が一つあり、その向こうにこの施設の長であるものが腕を組み座っている。この男の目は野望にもえつつも、どこかでそれを押さえる理性が時折見えるような気がした。

「私が、日本軍元帥の馬佐良深紅朗だ。――久しいな蓮翠の娘」

「お久しぶりでございます。――深紅朗様」

やはり、この男の前では、萎縮してしまう。空気が重い。

「まぁ、そう硬くなるな。今日、お前を呼んだのは蓮翠からの要望でな。お前の力を軍に使ってくれとの事だ。本日付をもって、草薙空、右のものに日本陸軍中佐に任命する。その力存分に使うといい。何かあったら、優実にいえばいい。以上だ」

「――父上が。私に?いったいなんの任なのでしょう?」

「詳しい話は麻倉特士に説明してもらいなさい」

「は、はい。では、失礼します」

そういって扉を開く。深紅朗とは、父の友人だ。そのため、すこし言葉が優しかった気がする。ほかの人間に対する口調はまるで違う。王とその配下の者のような感じである。一度きいたときは、本当に同じ人間なのかと疑ったくらいだ。

「空殿、いえ、空中佐。私の上官に当たるのですが、今日は任務について説明させていただきます。」

「うむ…。たのむでありんす」

そういいながら、通された部屋は、小さな会議室のようなところだった。

麻倉の話はこうだ。現在、わが軍は反乱軍との交戦中であり、親衛隊、つまりは近衛軍の人員が足らず、圧倒的な魔術師不足というわけだ。そこで、力のある魔術師であり、馬佐良元帥の旧友である草薙蓮翠の娘――わっちに白羽の矢がたったというわけだ。ただ、わっちの存在は表向きにはされず、影からの護衛任務になるという。草薙の名を冠するものが影からでは、おかしいと思うだろうが、『私』の力を考えるとそれは妥当な判断なのかもしれない。この任務にはもう一人つくらしい。この時点でわっちは優実がつくだろうと思っていた。――ものの見事に当たったのだが。

「中佐、お分かりいただけたでしょうか」

「無論じゃ。説明ご苦労だったの」

力をつかってもよいのか…。手加減は必要なのかの?――に聞いているのか?塵芥も残さず消してやればいい。――敵に会うまではわからんか。

「空様?」

「なんでもないでありんす」

 

 

 

「空様。任務中ですわ。一応」

「くぅ~。眠いのだよぉー。退屈でありんす。攻めてこないかの」

「中佐殿。それは、不謹慎であります」

む。たしかにそうだ。現在、わっちは列車のとある車両のなかにいる。一応潜伏になってはいるものの。髪の色が目立つということで帽子をかぶっている。わっちにも青い軍服が支給された。人には、『色』がある。気の色というべきなのだろうか。それは、個人によって様変わりする。わっちの色は『赤』。草薙家は、本来、「青、蒼、藍」と言った色が普通なのだ。これは、操れる魔法の特性にも関連している。――つまり『私』は異端児なのだ。

「空様。青い軍服もお似合いですわ」

「優実。嫌味か。それは。わっちの家柄を考えれば確かにそうでありんす」

深く考えてもしかたない。みなも経験があると思うが、列車に乗っているときのあのガタン、ゴトンという定期的な振動は、絶対、睡眠の魔術だと思う。感覚遮断性の魔術だ。わっちは、そういった、感覚器官を刺激される魔術に弱いわけではない。――列車からでる、この魔術によわいのだ。

「空様、魔術ではありませんよ。まぁ、都にいくだけですから、寝ていても大丈夫とはおもいます」

それを、早く言ってほし…。

 ふぅ。言い忘れていたが、『草薙空』にはわっちと『私』と言い分けるときがある。『私』は本当の私で、この世界を長く生きてきた。私はこの『空』の中にある力の源。「勾玉」といわれていたものなのだ。なぜ、いまは、空の中にあるのかはわからない。気がつくと、一体化していたのだ。あまり気にしないでくれ。

 列車に揺られること、一刻。

「空様、なにやら、列車の前方で事が起こったようです」

 わっちは、目を光らせてこういった

「じゃぁ、いってくる。ついてこなくてもよいぞ。巻き込まれて殺しては目覚めが悪い」

麻倉と優実は戦慄する。いつもの爛々と輝く紅い瞳が、青く蒼く碧く見えたのだ。声もでず、ただ、その場にとどまることしかできなかった。

 

「さて、久しぶりにやろうかな」

貨物車の扉を開く。

4人。

こいつらは見張りかその程度。まぁ、そこそこの強さだろう。

銃を構える。

右手を前に。

呪文など必要ない。イメージ、雷の矢。

イメージと同時に発射。

構えられた銃から弾が発射。

列車が揺れる。

弾を粉砕し、敵に命中。全員失神。「手、抜いちゃったかな」そんなことを考える。

まだ、息がある。

ここで殺さなければ、いつか『私』が殺される。だからといって殺して言い訳じゃない。

ここは見逃してやろう。

「おい。貴様ら」

「 ! 」

「今度私にあったら、その命貰うからな」

次の車両へと続く扉を開く。

濃厚な魔力の痕跡。

まだいる。

一番遠い席のやつが立ち、炎の塊をはなつ。

左手を上げる。

炎は吸収される。その炎のなんと弱きこと。

「教えてやる。本当の炎、紅蓮をな」

「我が血の命にて、ここにその力を顕現せよ。炎の魔神フェニックス」

左手の前に炎の鳥が現れる。

そのまま敵に突っ込む。

暴炎と閃光が走る。

敵は倒れているが、周りには影響はない。

ふう。こんなところかの。まだやり足りない感じもするが。疲れたので荷物の箱の上に座った。いつの間にか、帽子は吹き飛んでいた。

目の前の扉が開いた。二人の軍人につきそわれた。青年のような、それでいて老練それた雰囲気の男だ。こいつの魔力は先頭ほうから感じたものと同じか。

「魔人か・・・」
男がつぶやく。はっ、魔人か。言いえて妙だ。おもしろい。

「ほほぅ、おぬしが暴れていたものかぇ?」
男は黙ってうなずいた。なるほど。そのとき、ひかりが差し込んだ。男はわっちの髪や目の色をみた、どこか納得したような顔つきになった。ん、しかしさっきからむずがゆい魔力が渦巻いている。拘束結界?こんな面倒な術式せねばつかえんか。まったく。
『空様。お戻りになってください』
優実から、念話が送られてきた。男はなにを思っておるのかの…。少し気になるところだが、ここは優実にしたがってこの場を去ることにした。
こやつにはまた会えるだろう。そのときが楽しみだ。

「退屈だの」

わっちがそう言った時は、都から、もうそう遠くない場所だった。
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 <食欲咎人Ⅰの続きです。>
 
◇◇◇◇
 
 
 
 
 屋敷の中はシンと静まり返っている。来た時感じた荘厳さとは別の、薄く粘りつくような気味の悪い雰囲気。人の気配がしないだけだが、逆にそれが何か見えないものが私たちの周りにたくさんいるような。だがそれだけで十分。この屋敷に何らかの脅威が在ることは瞬時に理解できた。
「……ムー、魔術起動の所要時間は?」
「体調によりますけど、おおよそ五秒ほど。詠唱を削れば三秒ですが、私の拘束はそれほど強くないのですぐ解かれちゃいます」
「いや、十分。初撃は私が行うから、その間に相手の動きを封じてくれ」
 物騒な会話だが、誰も異論を唱えない。それは当たり前、この屋敷に入ったときから既に戦闘は始まっているとみていい。
 玄関を開けたときの咽返るような血の匂いも、今では感じられない。匂いは確かにあるはずなのだが、もう鼻が麻痺でもしてしまったのだろう。廊下に続く血の痕はそれほどまでに濃く多い。数時間前訪れた時には笑いかけてくれた数十人のお手伝いさんや庭師、料理人の気配がまるでない。つまり、この血の跡は彼らのものなのだろう。誰か解らないがかなりの手練であることは間違いなく、この館の住人の生存は限りなくゼロに近しい。
「おかしいな」
 だがどうしたことか、さっきから血の痕ばかりは目に付くが、肝心の死体がどこにも見当たらない。血の痕には引きずられた形跡もなく、ただそこで殺されたということのみを如実に物語っている。
「殺したのは魔術師か……?」
「いえ、それは無いです。人を一人消す為の規模の魔術ならその場に魔術発露の痕跡が残るはずです」
「どっちかていうと、超能力かな」
 どこにいたのか、黒井が奥の部屋から出てきた。
「超能力……ふむ、そうですか」
「なぜ、こっちを向くんだムー」
「? 話を進めていいか、君たち?」
 目で先を促す。ムーはなにやら銀色の物体を取り出しているが、この際無視することにした。
「超能力って云われるものがあるのは知っているか? 魔術を行使せず超自然的な力を発動させるものだが、それだったらこの状況の説明もつくだろうさ」
 黒井は苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう吐き棄てる。
「超能力……」
 左目が疼く。単一の能力を扱う超能力者たち。なるほどそれなら説明はつく。
観念動力(サイコキネシス)
「だけど疑問は残る。なぜ死体を運ぶ必要があるのかというものだ。俺にはその必要性が解らない」
「さぁな、超能力者の心情なんて私には理解できないし、したくもない」
 さっきから必死こいてスプーンを曲げようとしているムーを放置して、私は歩き出す。
「なんでも、いい。さっさと依頼主と少女、だ。見つからなければお互い無駄足になるぞ」
「ああ、そうだな」
「ちょっと、先に行かないでくださいよー」
 後ろからムーが追いかけてくる。
「大丈夫だよ、ムー。何かあったらこの白馬の王子様が助けてくれるさ」
「……言い忘れていたけど、俺に期待しないでくれよ。たしかに白馬の王子様だが、体力的には”人間”なのでね。ムーさんは魔術が使えるんだろう、こっちが守って欲しいくらいだ」
「いいですよー。バッチリ任してください!」
 ふんっ、と腕を構えるムー。それを黒井は本当に頼もしそうに見つめている。
 そう、魔術師一人いるだけで、戦力は格段に上がる。それは一般人にもよく分かっており、それが畏怖の対象となる。だが、味方につけばこれほど頼もしいものなど他にはないだろう。
「フフ、でもヨルクちゃんくらいは守れるさ。魔術師じゃないんだろう?」
「なめるなよ、貴様よりは腕が立つさ」
「えー、そんなこと言うなよ。さあ、どう守って欲しいのさ?」
 ああ、分かっている。見た目、私ほど実力がハッキリしているのはいまい。所詮は人間、男女差からいっても、私がこのパーティーの中で最弱ととられるのも無理はない。
 事実、私は黒井ほど腕力があるわけでもない。今回のために持って来ている自慢の拳銃も性能は最低クラス、撃てるだけマシというものだ。一見しただけでは戦力は一目瞭然、私はただの足手まといの評価が関の山だろう。
 だがある一点でのみ、私はコイツ等を圧倒的に凌駕している。その自負がある。
「まぁ、そのうち解る」
 先を歩く。目指すは少女の部屋。屋敷の奥に進む。雰囲気に飲まれそうになりながらも、機械的に歩を進める。
 感情を押し殺し、状況にいつでも対応できるよう自己催眠を施す。思考は常に二つ。擬似ペルソナを作り上げた私の脳は、情報処理能力を底上げし、アンテナである神経を針のように研ぎ澄ませていく。異能者相手に何年も組み上げてきた動作は一息に終わり、後はその獲物を待つのみとなった。
 そして、たどり着いた少女の部屋は、
「ほぅ」
 呟いたのは誰だったか、もしかしたら私かもしれない。そこに漂うのは吐き気のするほど濃厚な血の香。完全に一人や二人ではない量の血だまりだけが、月明かりの部屋に染み込んでいる。赤と黒の混同したその色は嫌に蠱惑的で頭の芯が熱くなる。
 その中心にいるのは、――
「な、んだ、アレは……」
 黒井の呟く声にに応えるよう咆哮する、――巨大な肉の塊だった。
 部屋の中心にただぽつんとあるそれは、生きているのだろうか、グロテスクな表面を揺らしながら蠢くように何かを自らの身体に押し付けている。
「違う、か」
 押し付けているのではなく、食べているのだ。その肉塊はその大きな手で、一心不乱に人間の足を食べている。
 ペチャペチャという音が漏れる。たまに混ざる不快な音は骨が砕ける音だろう。まるでこの世とは思えない光景。現実から、夢の世界に放り込まれたかのような感覚。
「なるほど」
 その世界の中で、私は一人納得する。それはその肉塊が握る見覚えのある身体と、少しながらも覚えのあるその肉塊の風姿。キッチリと填まったそのパズルのピースであった。
「黒井、感動の対面となったか」
 驚きに目を見開いている黒井に尋ねる。あの少女は黒井の探し人であったのか。既に原型すらない彼女の姿で判るのかどうかは疑問だが、一応念のため。
「あ、ああ、……すまないが、間違いない」
 驚きを隠せない黒井だったが、思いのほかすんなりと答えは出た。
「少女は、いや――――あの怪物は、白井香。俺の探していた飛鳥の妹だ」
 
 
 
 
 
 
 数時間前まではベッドで横たわっていた少女は見る影もない、ただ記憶に符合するのは顎に引っかかるあの拘束具と、ところどころに残る包帯だけ。
「AAッAAAAッ!」
 初めて聞く少女の声は既に少女と呼べるものではなく、ただの獣の咆哮に成り下がっていた。
「納得だ」
 あの時ベッドに横たわっている少女の拘束具、それは本来手足につけるものを顎につけたものだった。口が開かぬよう厳重に。その時はギプス代わりかと思ったが、どうやらそんな甘いものではなく、獣としての食欲を抑えるためのものだったようだ。
 相変わらず自身の執事を食べ続けるその姿に、黒井はただ驚いている。戦力的に肝心なムーの顔は黒井に隠れて判らないが、十分に驚いていることだろう。
 執事を食べ終わるまでそうはかからない。行動はできるだけ早く行いたい。
「黒井、残念だが殺すぞ」
「……ああ、解っている。それはあの子も望んでいることだろうし、俺に止める権利はない」
 いやに物分りのいい答えに私は少し戸惑った。探していた、最愛の人の妹だというのに随分とあっさりしすぎている。
「まぁ、いいか。ムー、魔術を」
「あっ、ええ、はい。拘束します」
 正気を取り戻したか、ムーは魔力を練り上げていく。部屋中のマナが凝縮されていく変化に、肉塊は食事を止め、こちらにその視線を向けてきた。
 その目はあの人形のような生気のない濁りで満たされている。どこまでも不気味に、深く。
「Aー……AAAAAAAA!」
 私たちを新たな食物と認識したか、その図体に似合わない速度で突進してくる。
「フン」
 腰にかけていたホルスターから二挺拳銃を抜く。その腕の動作と同時に放つ銃弾は三発。的確に相手の頭へと放った銃弾はどの程度のダメージを与えられるかの確認に過ぎない。
 だが、少しならダメージもあるだろうと予測していた甘い考えは、一瞬で崩された。その三発の弾丸を額に命中させながらも、それをものともせず肉塊はこちらへ向かってくる。
「ほう、ただ大きくなったわけではないようだ、ムー!」
 私の声に反応して、ムーは呪文を紡ぐ。
Vereinigen Sie sich(戒めは天に)Gebunden wird Faden aufgebunde(私の糸は理を制す)n ――!」
 どこからともなく飛び出す黒い縄。そのしなやかで強靭な縄は私たちの前にまるで網を張るよう編まれていく。船室で私を縛った縄。それは今本来の使い方をもって威力を発揮する。
「GAAAAAAAAAAッ!」
 それにもかかわらず闇雲に猛進してくる肉塊は、黒い縄に絡まりその動きを止めた。黒い縄はその身体を締め上げていく。
「やったか?」
 黒井の声、その声に何故か肉塊は激しく反応した。
「暴れているな。大丈夫か、縄――」
「あぅうっ!」
 途端に苦しみ始めるムー。その額には尋常じゃない量の汗が流れ、顔は真っ青に近い。魔術の反動にしては異様な有様。
「どうしたっ!? おい、なんか具合悪そうだぞ」
 黒井の言葉にも反応できないのか、洩らすのは低いうめき声だけ。
「なんだ?」
 見れば肉塊はその黒い縄を、
「AA―ッ、AAAAAAAッ」
 ――――食べている。口ではなく身体全体で、その縄を取り込んでいる。
「ムー! 拘束は解いていい! 黒井、すまないがムーを部屋の外へ!」
 私の声と同時に、肉塊を拘束していた黒い縄が消える。どうやら限界だったようだ。ムーは目を閉じぐったりしている。
 黒井が運び出す間、肉塊の意識をこちらに向かなければいけない。
「チィイ!」
 効かないと解っていても持っている武器は銃だけ、二挺の愛銃の撃鉄を起こす。拘束すればやりようもあったが、こうなれば白兵戦で打ち勝つしかない。
「AAAAAAAッ」
 巻き上がる硝煙。弾丸は既に何発も叩き込んでいる。でもそれは肉塊にとって蚊が刺すようなダメージなのだろうか、まるで効いていないという様な突進の繰り返し。だが、知的レベルが下がっているのか、敵は組みし易いムーたちよりもこちらに向かってきてくれているのは幸いだった。
 丸太が飛んでくるような腕の突き出しを避けつつ、視界の隅に黒井がムーを運び出しているのを確認する。そして、黒井とムーの姿が完全に部屋の外へと消えたのと同時に、部屋の空間を使えるだけ使って私はできるだけ肉塊との距離を離した。
「ふぅ」
 息を落ち着ける。相手の動きは単調で躱しやすく、そう脅威を感じないが、それでも腕を振り回した時の轟音や突進したベッドの残骸などを見ると息が上がっていく。命を懸けた緊張が身体を固まらせていくのが解る。でもそれは、
「――ふぅ」
 既に慣れすぎた感覚。
 
「仕方がない。終わらせる」
 幾度の経験は既に決着をはじき出している。
 ゆっくりと、ただゆっくりと。
 
 
 ――――閉じていた、左目を開けた。
 
 
 瞬間、世界は崩壊し、再構築され、……それはただの"情報"へとなり下がる。同時に、頭が割れ脳みそを他人に捏ね繰り回されるような激痛と嘔吐感に意識が飛びそうになる。頭に奔らせていたペルソナの処理速度を圧倒的に上回る情報という圧力に、脳が軋みを上げ、この白い部屋に限定こそしているものの、世界そのものを"観る"行為はおよそ人間のたどり着く場所ではないと全身が拒否する。 だが、それを抑えつけ私は目の前の肉塊を凝視する。 
「――――ハァッ」
 一呼吸すら地獄のような苦しみ。この状態では数分すら自我を保っていられないだろう。
 しかし、観えている。彼女の人生という砂の一部や、彼女の身体の構造という砂がまるで手の中にあるようだ。
 ……それにしても、この空間に限定しているとはいえ、なんとこの彼女の人生(情報)は少ないのだろう。それは人間という小ささを誇示しているようで――――
 
■■――BKPTE、……TYCH――――
 
 ノイズ。認識できない情報が頭をよぎる。関係ない、今は目の前の敵を倒すことに集中する。
「関係ないんだ」
 流れてくる彼女の一生という情報。
 それは目を覆うような悲劇の連鎖。
 だけど、その少女の一生がどんなに悲劇で悲哀に満ちていようとも。
「私にはお前を殺すことしかできない。――それがこの世界での最善の答えだ」
 その私の答えに肉塊は拒否する。その腕を突き出し懇願するよう救いを求め続ける。川で溺れる子供のように、足掻く手足は獲物を食す事でのみ満たされる。
 それを私は躱さず、受け止めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――Teufel Augen der Beobachtung――
 
 
 
 ――――それはどんな奇跡だろうか。
 
 肉塊が肉薄し、その必死の豪腕でヨルクを撃ち仕留めた刹那、それは消えた。
 死を告げる血飛沫。それは二人の間を満たしていく。一人はほくそ笑み、もう一人は――――
 
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッ!!」
 
 己の腕が爆ぜた事に咆哮する。
 ヨルクを撃ち抜いたはずの右腕が宙に舞ったのだ。
 
 数秒間宙を舞った後、ドンッと重力にしたがって落ちる腕。肉塊はただその現実を受け止め、仕留め損なったと咆哮し続ける。痛みすら既にに感じはしないのだろう。吹き出る黒い血に何の興味も示さず、ただ一心に食物(ヨルク)に這って行く姿は、まさに地獄の餓鬼そのものだ。
 
 
 
 故に、その現状を目の当たりにして、さも当然そうに肉塊を見据えるヨルクは一体何者なのか。
 
 
 
 腕を道具もなしに一瞬で引きちぎり、返り血でその黄金の髪を滴らせる姿は異様。もし、肉塊に思考が残っているとしたならば、その姿に畏怖すら覚えることだろう。ただ殺し合いに慣れているというレベルではない。その纏う雰囲気ですら、もはや人間のものではない。
「AAAAAAAA――!」
 その雰囲気を打ち砕くため咆哮する肉塊。右腕を失ってもなお愚直に突進していく。いや、事実肉塊には突進するしかない。それだけしか、相手を殺す方法を知らない。
 普通の人なら十分それで事済むだろう。並大抵の攻撃は受け付けない巨大な塊が迫ってくる。それだけで必殺の攻撃となりうる。だが、そこに佇むのは決して一般人ではない。その身を裂き、その命すら奪いかねない狩人。
「――――ッ」
 だがどうしたことか、その狩人は肩で息をしている。苦しむその姿に肉塊は歓喜する。ああ、間違ってはいない、間違ってはイない!
 自分のヤリ方は間違ってはいない! 自分は――
「AAAAAAAAAA――――ッ!」
 間違ってはイない!
 飛びつき渾身でヨルクに振り下ろした拳は、確実に相手の原型をとどめることなく粉砕する。肩で息する狩人は既に獲物、立場は反転し、その獲物を食する喜びで肉塊は最後の瞬間をその目に焼き付ける。
 
「――――ッ!?」
 だがどうしたことか、肉塊の身体が傾いていく。周りに飛ぶのは黒い血飛沫。
 最後に見たものが何なのかすら肉塊には理解できない。つけて、何故己の目も見えなくなっているのか。
「AAッ、AAAAAAAAAA―――!」
 痛みはない、痛みはないはずなのに、肉塊は痛みを感じていた。
「AAAッ」
 理解できない、本能で行動するはずのそれは躊躇する。目の前に佇むそれは獲物ではないと、失われた理性が告げる。
「ああああああああああああああっ!」
 既にそれは咆哮ではなく、ただの悲鳴だった。肉塊の身体は急速に萎んでいく。狩人に背を向け逃げていくというその愚考に、ヨルクは何を思うのか、ただ――――
 
「ああ……ああああああっ……!」
 
 肉塊はいつの間にか少女の姿を取り戻していた。住み慣れたはずの月射し込む部屋を襤褸切れの様な身体を引きずり、見えない目で何かを求めるように彷徨う。もう生きているのが不思議なほどその身体は傷んでいるというのに、少女は何かを探し続けていた。
 そこに扉から黒井が現れる。一生懸命に戦った少女を愛しむ様な優しい顔。黒井の影は揺らめき、少女を誘う。
「やめておけ、その選択はお前を苦しめるぞ」
 その姿を一瞥して、ヨルクは吐き捨てるように呟く。射し込む月に鈍く輝く濁った赤眼。その子を助けるにはここで殺すしかないとその目で語っていた。
「何言っているんだ、ヨルクちゃん。これは俺が背負うべきものなんだ」
 ヨルクは不機嫌そうに顔を背けた。眼を開いているヨルクには黒井の目的もその存在も"観える"。
 だから一番皆が幸せになれる未来を観た。その実現のためここまでしたのに黒井はあっさりとその未来を変えてしまったのだ。死者が安らぎを得、生者がその身に咎を背負う形の未来。決して救われない現実の螺旋。少女が「近づけるな」と依頼した理由が今なら解る。
 だが、それを理解しながらもあえて少女を受け入れた黒井。それを自分本位の幸せという基準で、どうして妨げることができるだろうか。
「まかせるよ、私はムーのところに行く」
「廊下に出て左の部屋だ」
 出て行く足取りは重たい。黒井と泣きながら抱きしめる少女を見つめる眼はただ残念そうに憧憬と諦めを込めて。
 
 
 ――――静かに左目を閉じた。
 
 
 
――Teufel Augen der Beobachtung――out
 
 
 
 
 
 
 廊下はどこまでも青く、照らす月明かりは果てしなく眩しく感じる。光の調節ができていないのか、さっきから廊下は真昼のようだ。
 慣れることはない頭痛と吐き気に倒れそうな身体を何とか支える。力を入れる両足も既に感覚はない。螺旋に視界が歪み、宙に浮かんでいるような感覚。
「……っ、まったく世話が焼ける」
 それは自身に言った言葉か、それともムーに対してか。定まらない思考に一人自嘲する。
 そのままふらつきながらも、なんとかムーのいる部屋に辿りついた。開けたままのドアに何の気なしにノックする。
「はい」
 返事をする声は未だ元気はないが、それほど重症でもないようだ。
「大丈夫か」
「大丈夫ですよ、ただちょっと驚いてしまって」
 ベッドの上で月に中るムーは、後光に照らされているようで気に食わないほど神々しい。白い髪も月に濡れ、これまた――
「――なんだ、お前、綺麗だったんだな」
 ただ、私はそれを認めたくなかったようだ。どうしてか、それはムーを貶めるようで。
「? 気づきませんでしたか? 私これでも絶世の美女と呼ばれていたのですよ?」
 軽口が叩けるほどには回復しているのか、それほど心配する必要もなかったらしい。私は相槌を打ちながらも、足の力が抜けてしまった。
「って、ヨルクさん! 大丈夫ですか!?」
 ベッドから飛び起きてくるムー。どうやら私より元気そうだ。
 少しやらなければならないことがあるが、ああ、だけども、
「少し、休む。何かあったら起して……」
 意識がなくなっていく。安心したことによって緊張の糸が切れてしまったんだろうか。身体がすごく重い。意思が緩慢になっていく。
「解りました、おやすみなさい」
 抱き起こしてくれている目の前のムーは笑顔で、私は本当に安心してそのまま寝てしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
◇◇◇◇
 
 
 
 これは後の話。
 
 屋敷にいた人は依頼主である執事を含めて全て食べられてしまったらしい。故に報酬を受け取るはずだった私たちは致し方なくこの家に無断で寄生することになった。掃除は大変だし、色々と不都合な具合だが、どうもいい物件には変わりなく、金もあることだし困ることはないだろう。
 屋敷の少女はあれ以来見ていない。行方は気になるが大体予想がつく。黒井が笑顔なのがその証拠だ。今は彼女も幸せにしているのだろう。
 これからは私の任務と目的に絞ることができるようになって、ようやく一段落ついたようなもの。日本初めての長い二日間は終わって、私たちは今少しのんびりしていた。
 というのも、どうやら私が心身ともに限界だったことと、黒井もここに住むとかでその話し合いを、私にあてがわれたベッドでしていたからだ。
「どうしても住みたいのか」
「うん、だって」
 彼女が育った家だから。そう語る黒井の目を私は直視できない。咎は既にその身に、最愛は憎しみとともに共存している。
「じゃ、後のことは頼む」
「それでは、頑張りますよ黒井さんっ!」
 掃除道具一式とムーとともに部屋の外へ出て行く黒井。そのなんてことない後姿に、つい私は呼び止めてしまった。
「なんだい?」
 清清しい笑顔。なるほど、こちらも心配する必要もないらしい。
「……いや、掃除は丁寧にやってくれ。塵一つでも残っていたらオシオキだ」
「それはそれで受けてみたい気も」
「初級編は電気椅子と五寸釘のフルコースだ」
「そりゃ、遠慮しておくよ」
 二人して笑う。どうも、こいつもいいヤツだ。
 ムーと黒井が出て行った後、私は重い身体を起こして晴れた庭に出た。
 晴れ渡る空はどこまでも清清しく、深呼吸するととても気持ちが良い。
 広大な庭の端には昨日のうちに黒井が服や遺留品を埋めて作った墓石がある。
 そこに私はあるものを持っていった。
「役に立ったよ。お前のは決して無駄じゃなかった」
 墓に添えるのはごく一般的なカチューシャ。ここのお手伝いたちが着けていたものだろう。あの時、部屋を観た時に一番思念が強く、より高度な情報を与えてくれた今回切り札となったもの。その持ち主に私は手を合わせた。
「さて、と」
 屈んでいた腰を上げる。その頃には既に死者に対する感謝はなく、ただポツポツと屋敷に戻ることにした。
 
 
 
 
 
――――――見上げた空は蒼く続いている。私がそのことに気づくのはまだまだ先のことだった。
 
 
 
 
 
 嫌な音がした。それはとても不快で、とても人間らしからぬ音。
 
 
 でも、それは人間で、私の父親だった。この家に仕えてからというもの、いつも笑っていた父の顔が瞬時に消えてなくなる。
「あはははははははは」
 狂ったように笑い続ける母親。手には包丁、料理長であった母の唯一持てた無機物(武器)
 私はというと、恐怖と目の前の凄惨さに指すら動かせないで、ただその“食事”を眺めることしかできないでいた。
 父の腕が、足が、頭が。その口へと消えていく。その度に嫌な音は部屋中に響き、血や臓物は床を染め上げていく。
「はははははははっはは、あえ」
 ついには母親にまで、その“食事”の手は伸びる。捕まえると同時に、母の嘆願を無視して、その脳髄を噛砕き、咀嚼する。
 悲鳴もない、一瞬で一口で、頭の半分は無くなり、偶然だろうか、ソコから落ちた母の目は私を捉えた。
 
 ナンダコレハ。
 
 脳が麻痺してしまっている。眼も手も体も、全て。全力で目の前のものを拒否しようとする。本来こみあげて来る物さえ、今は出てきはしない。
 だけど、それは疑いようのない真実で、現実だ。いつもの屋敷で、いつもの部屋なのに、いつもとは違うだけ。
 だから私も数秒後には喰われて死ぬのだろう。それを覆す事はできない。一人の一般的なお手伝いである私がこの怪奇で凄惨な世界で何ができるというのか。
 
 
 そこで思いついた。何故かは解らないけど、最後に私を食べるモノだけはしっかりと眼に焼き付けておこうと、そう思いついたのだ。
 
 
 もしかしたらショックで混乱しているのかもしれない。でも、コレはきっと無意味にはならない。そう漠然としたわけの分からない意志だけで私の体は勝手に動きだす。
 さっきまで砕けていた腰で立ち上がり目の前のものを凝視する。私の母親の胸に噛み付く化け物を、私の瞳に焼きつける。
 赤い肌をした、大きな人間。だけども人間らしいのは顔だけで、他はよく分からないぐちゃぐちゃしたもの。顎は砕け、歯は欠けている口。
 その口で、最後に母の腕を食べた。
 大きな体のわりに申し訳なさそうにあるくらいの小さな足。黒く、よどんでいる瞳。
 その瞳は私を捉えて、近づいてきた。
 酸で焼けたような禿げ上がった頭。私の父より三倍はあろうかという巨大な腕。
 その腕で私を掴み挙げた。
 最後だ。その人の顔を見る。よし、完璧に記憶した。意味は無い事だけれども、私は少し満足した。少しばかり微笑んでしまったのかもしれない。
 目の前の怪物はたいそう不思議な顔で私を見つめ、それでも食欲には勝てなかったのか、異臭のするその大きな口を開けた。
 大きな口が目の前に、そして暗闇。
「―――――」
 意識が、私の人生が終わる直前。
 少し後悔した。
 最後に見た、あの人の涙だけは、もう少し記憶に残していきたかったな、と。 
 
 
 
 
 
 
 
◇◇◇◇
 
 
 
 
 
 
 
 
「貴女は誰ですか」
「知らない」
「お幾つですか?」
「答えられない」
「では、どうするのですか?」
「ここでは何もしないさ」
 月差し込む部屋の片隅に箪笥が一つ。その箪笥には何も入っていない。
 同じように箪笥以外、主だったったものは何もない部屋。ベッドが一つと箪笥、その上に一つある窓の外は雨が降っていた。
「……おかしな人ですね。何もしないのにここにいるなんて」
 クスクスと笑う少女。
「仕事だから」
「何もしないことが、ですか?」
「そう、今は何もしないことが仕事。他の何でもない」
 私はそう自分に言い聞かせるよう言い、彼女のベッドに腰掛けた。身長の足りない私は、立っていてもそう彼女との身長は変わらない。なのでベッドに座ると自然と彼女を見上げる格好になるが、彼女はそれを可愛いと一笑した。
 体調の優れなさそうな少女。彼女とは今日あったばかりでどうだかは知らないが、生まれてこの方、健康というものを知らなさそうな顔だ。いうなれば、不幸を呼び続け最後の希望すらも捨ててしまった人形みたいな。そう、恐ろしいほどにこの女性の目は冷たく澱んでいる。そのわりに、ケラケラと陽気で。やはり暗闇で笑っている人形を髣髴とさせるのだ。
「フフ、久しぶりに人とコミュニケーションをとりましたよ」
「それは何より」
 私の双眸に映る影はなんとも痛々しい少女の姿だった。全身に包帯が巻いてあり、なにかの大事故にでも巻き込まれたのだろうか、拘束具までついている。
「……あ、すみません。そろそろ限界のようです」
「ああ、長話をすまなかった。私の事は気にしないで寝てくれていい」
 そもそも無理を言って少女に会わせてもらったのだ。謝られる筋合いはない。
 私が腰を上げるのと彼女が目を瞑るのはほぼ同時。執事から理由は聞いている。彼女は一日の大半をこうして睡眠に費やさないといけないのだそうだ。
「それでは、おやすみ」
 木製のドアをゆっくりと閉める。
「姉さん……」
 寝言だろうか、閉める直前に苦しそうな声で彼女は呟いた。
 
 
 ドアが閉まる。軽い音と共に。
「ヨルクさーん」
 振り向くとムーがこちらに向かって手を振っていた。その格好は着替えを用意していなかったのか、出会った船倉からまるで変わらないフリフリのメイド服。まあ、この屋敷にはピッタリだが。
「なんだメイド。ついでにお昼はまだですか、とかそういうふざけた質問は却下する」
 つい軽口が出る。やはり、こいつはコイツでいい。独特なラフさがさっきまでの妙な緊張感を和らげてくれる。部屋の中の少女とは逆の雰囲気。温かく、人間らしい表情。
「えっ、まだなんですかっ!?」
 たいそう驚いた声。
 ……思い出した。こいつは人間らしいのではなくて、ただ単に馬鹿なだけなのだと。状況より食事や楽しさを優先し、且つ緊張感がまるでないという、もうどうしようもないくらい馬鹿なだけなんだ。
「と、とりあえず準備が整ったので呼びに来ましたよっ」
 そんな私の思いも知らず、昼食が遅れるのが気になるのか、口を三角形にしながらも律儀に報告してきてくれた。
「って、準備ってなんだ?」
「なんだ、て。準備ができたら呼びにこいって、そうしたらご飯にするって約束したのはヨルクさんじゃないですか!」
 もう! とふくれるムー。
 確かにそんな事を言ったような覚えもある。部屋の少女との会話、その雰囲気のせいかさっぱりと忘れていた。
「あー、飯は出かけ先になると思う」
「―――――」
 ふくれている。
 まるで親の敵を見るような目で私を見つめながら、頬を膨らませていくムー。だけど、しょうがないのだ。これから受けた依頼をこなしにいかなければならない。報酬は日本の情報と金、食事とこの館と言う拠点。つまりここで食事を取るには、まず働いて、それからだ。
「不貞腐れてくれるなよ。なに、出かけ先にはレストランもあるし、今日中に終わらせれば、夜には温かい布団で寝れるぞ」
「晩ご飯は?」
「そりゃ、豪華になるだろうさ」
「……本当ですか?」
「本当だ」
 まあ、今日中に終わるという事はまずないだろうが。
 喜んでいるムーを尻目に、昨日のことを思い出す。
 依頼、それは日本上陸初日、拠点が欲しくてブラブラしていた私たちに偶然舞い降りてきたものだった。
 戦争という不穏な空気のせいか、この国は近年犯罪が急増している。警察なんかもよく働いているがそれでも足りない。その足りない部分を我が身大切な金持ち達は自分の金で雇う、ということになっているようだ。いわゆる傭兵、用心棒の類。
 依頼には多くの種類があり、探し人、護衛、輸送、果ては暗殺などというものもある。そういう公では禁止されているものでも、このご時世、需要は高まっていくばかり。
 今回、私が受けた依頼は二つ、探し人と護衛。依頼人は同一人物、先ほど私とベッドで話していた少女の執事である。曰く「とある殺人鬼を探して欲しい。探し出したら少女に近づかないようにして欲しい」というものだ。殺人鬼という点はムーにふせて、普通の探し人ということにしてあるが、あんまり気乗りする仕事じゃない。「近づかないようにする」これは相手によっては遠まわしに暗殺を依頼されているようなもんだ。それも殺人鬼、報酬がよくなければけっして受けたくない仕事なわけだが、今好き嫌いを言っても始まらない。
「じゃあ、早く行きましょう。早く! 今日はあと十五時間しかないんですよ!」
 何も知らないムーが急かす。一つ楽しみがあるとすれば、コイツが本当のことを知った時どんな顔をするかだな。
「十二時間な。今ちょうど正午だ」
 時計はちょうど重なり合って、重々しい鐘を鳴らし始めた。まるで屋敷全体から鐘の音が鳴っているような感覚に、少し不気味さを感じる。
「いい音色ですね」
 ムーが本気で言っているのかどうか判らない声で感想を漏らす。確かに今まで聞いたことのないような音色だ。
「行くか」
「――ハッ! そうでした、早く探し出すのです。えーっと、……探す人の名前はなんていうんでしたっけ?」
「……それはこの屋敷を出てからにしよう」
 笑いを噛み殺しながらドアの前から玄関へと向かう。白と灰色を基調とした絢爛な装飾品の間を抜けていくと、そこは一面の草原だった。
 ちょうどその草原、どうやら広大な庭だったようだが、そこを抜けた辺り、周りの空気が緑以外の色を取り戻した頃、いつまでも待たせておく訳にもいかないので数秒後の展開を楽しみにしながら、ムーにその名前を口ずさんでいく。
「名前は、」
 屋敷から一際大きな鐘の音色が響く。
 いつの間にか止んでいる雨空には少し光が差していた。光は辺り一面何もない屋敷の周囲を照らし出す。
「な、名前は!?」
 後ろを歩くムーが詰め寄ってきた、その瞳には早く見つけ出して料理を食べたいと爛々に輝かせている。コイツ、食べ物が絡むと真剣だな。
 そんなムーに振り返り、今生最高の笑顔で答えてやる。
 
 
「名前はな、――――――“喰人鬼”。人を殺した化け物だ」
 
 
 
 
 
◇◇◇◇
 
 
 
 
 
 
 屋敷を出た後、私たちはそう遠くない町へと向かった。向かったのはいいのだが、金もないのでブラブラと情報を集めるしかなく、手分けして聞き込みをすることにしたのだった。金さえあればそこらにある怪しい情報屋なんかに依頼できたが、日本で言う所の一文無しである私たちには自分の足で集めるという方法以外なかった。
「無理、絶対無理です!」
 殺人鬼、しかもカニバリズムを前面に出している狂人を探すわけなのだが、やはりムーは反対だった。いや、喰人鬼と聞いた瞬間のムーの顔は素晴らしかったんだがな。
「そんなの当たり前ですよ。人を食べる人を探し出すなんて、普通聞いたら驚きます!」
 合流した私たちは仲良くレストランで遅めの昼食を取っている。時刻は午後四時、一日はあと八時間、まあ今日中に見つかるとは思えないが区切りとしてはちょうど良い。
「今日中に見つからなかった場合、違う依頼に乗り換えるぞ」
「フゴっ!?」
 スパゲッティーの五皿目を危うく噴き出しそうになりながら、ムーが私を見つめる。
「効率重視だ。期限は一日。できない仕事を続けるよりは、乗り換えていった方が確率が上がる」
「ん、……ングッ、一つに絞った方が確率は上がるんじゃないんですか?」
 喉に詰まったのか、水を飲みながらムーは首をかしげる。確かに、普通の場合はそうだろう。
「逆だ。百パーセント不可能な依頼、例えば探し人が死亡しているなどの場合がこのご時世案外多いんだ。今回探すのもその口、人殺しは特に消息が掴みづらい」
「でも、ほんの僅かでも今日会える可能性も捨てきれないと?」
「だから、一日。短いと思うかもしれないが、食事はともかく拠点と情報、それに金は至急に必要なものだ。今回は前金を頂いてあるし、そのままトンズラすれば問題ない」
「悪人ですねぇ」
 スパゲッティーの六皿目を注文しながらムーが呟く。まだ食べるのか。
「善人じゃ、世の中食っていけない」
 それに金の少ない今、お前の食欲の方がよっぽど悪人染みているぞ、とそう思いながらも私はとうに食欲のなくしたパンに手を付けた。
 
 
 レストランを出る。結局、「今日だけなら」とムーの了承も取れたことだし、このまま続行という形になった。
 だが、闇雲に探しても見つからないとさっきの聞き込みで理解できた。そもそも、殺人鬼自体有名でこそあれ、そんなにしょっちゅう事件を起こす事はないらしい。
 しかもこの殺人鬼、聞き込み続けた結果どうも存在が怪しくなってきた。
 
 
 
 喰人鬼。事件の始まりは三ヶ月ほど前にさかのぼる。
 その男は大して欠点などなかった、家庭も裕福であったし、運動能力、知能指数はその町の中でずば抜けていたし、愛する恋人だっていた。
 それは彼にとって満ち足りた人生だった。なにが狂っている訳でもなく、彼は本当に幸せそうだったと町の人たちは口をそろえて言う。
 だけども、事件は起こったのだ。
 
 その日、男は肉を食べていた。
 それはもう当たり前のように、それはもし覗いている人がいたとしてもただ朝食を取っているように見えただろう。
 だが、彼は泣いていた。血の滴るステーキを口に運びながら、いやステーキとしてはあまりにも生々しい肉を食べながら、ある一点を眺め続けていた。
 彼が見つめている先、そこには、
 そこにはワケの解らないものが鎮座していた。
「…………」
 無言で食事は進んでいく、その男は滴り落ちるその血の一滴すら惜しいように肉を口に運んでいく。一生懸命に、ただ一心不乱に。
 それが奇妙だと、変だと気づいたのは一体誰で何時だったのか。町中が大騒ぎになって、警官隊がその部屋に突入した時には既に食事は終了していた。床にこびりついた血さえ舐めあげて、骨も噛み砕いて嚥下し、五臓六腑は腹に収まっていて。
 
 
――――そう、最愛の人を、人を一人、食べ終えた後だった。
 
 
 男は自らの家に侵入してきた警官たちを見ると、泣いているとも笑っているともとれない顔で一言。別に誰に言うわけでもなく呟いた。
「これで……」
 
 
 
 
「―――これで?」
 ムーの顔のアップ。さっきまで無関心だったくせに話し始めると食いついてくる。
 それともなにか、同じ大食漢として興味があるのか。
「これで、までしか聞き取れなかったらしい。なんせその男、警官隊を振り切って逃げてしまったんだからな」
 暗くなってきた通りを歩く。相変わらず人は多いが、殺人鬼の噂のおかげか日中よりは少なくなってきている。
「警官隊を……、その人って魔術師か何かなんでしょうか?」
 どこで買ったのか、お饅頭をパクつきながら不思議な顔をするムー。忘れていたが、この大食いも魔術師の端くれだった。
「可能性としてはあるな、そもそも人を一人食べること自体狂気の沙汰としか思えないし、そもそも物理的に不可能だろう」
 まあ、魔術師が人を食べるってのも珍しいか。血や体液だけなら彼らの魔境で取引とかされていそうだが。
「……………」
 いや、目の前にいた。人一人食べそうな奴が。
「ふーん、そうですかー」
 お饅頭を食べ終わったと思ったら、お次はどこから取り出したのか肉まんを食べ始める。ところで知っていたか、饅頭はもともと人間の生贄の代わりだったそうだぞ。
 
 
 
 数分後、私たちは灰色の壁をした建物の前に立っていた。空はもう真っ暗だ。頼りないガス灯だけがあたりを映し出している。
「で、ここがその男の家」
 目の前を指差す。そう、ここが話に出てきた場所。喰人鬼の家だった。何か手がかりはないものかとやって来たのだが、扉が厳重に施錠されている。それももう誰にも開けれないように。釘を打ち付けまくったその紅い扉は、否応にも雰囲気が出ている。いうなれば、地獄の門みたいな。
「すごいですね、こんな大きい家」
 ムーの感想は私の思っていたのとは外れていた。確かに大きいけどな、家自体。でも、普通あの異様な扉に真っ先に目がいかないだろうか。
 家自体はそう小さなものではない。金持ちだったのか、周りの家と比べると一まわりも二まわりも大きい館だ。家のほとんどは灰色が基調とされていて、依頼主の洋館と似ているといえば似ている。大きな違いといえば、やっぱりあの門となるわけだが。
「さて、どうやって入るかな」
 館を見上げる。扉が封鎖されているとしても、窓から侵入できるだろうと思っていたが、
「窓自体もこう頑丈に釘や板が打ち付けられていたらな……」
 窓を軽く押してみる。少しずれる感じがしたがすぐにしっかりした板の感触が窓を通しても判る。これは無理やりブチ破ろうにも時間かかるだろう。
 だがものは試しという、何回かやって開かないのであったら、今夜は諦めよう。
 数歩下がる。ベストな距離を算出し、そこから窓に向かって一直線に跳躍する。
 
「ヨルクさーん、って、え?」
 
 何故か、目の前には突然窓から顔をのぞかせたムー。だが、急にはとまれない。人間そういうものだ。
 
 ゴチン。
 
 そんな擬音が聞こえるぐらい、私とムーは顔面から衝突した。
 
 
 
 
 
「す、すまん」
 傷む頭をおさえながらムーに謝る。
「いたいです……けど大丈夫です。おおよそ分かってました」
「なにが?」
「いや、来るだろうなぁと」
「そうか、すまない」
「はい、とりあえず、どいて頂けると嬉しいです」
 ムーの上から体を起こす。服についた埃を払い、辺りを見回す。勢いが良かったのか、私はムーもろとも部屋の中に転げ込んだらしい。部屋の暗い闇の中、何とか目を慣らすが大部分が把握できない。
「はい」
 明るい光が横から入る。ムーがどこからかランプを持ってきて点けたようだ。
「…………」
「ん? どうしたんです、そんなに私の顔を見て? もしかしてさっきのお饅頭が付いてますか!?」
「いや、そのランプはいつ用意……てか、そもそもお前はどうやってこの家に入った。窓だって釘でしっかり止められていたはずだが?」
「家には普通に入りましたよ、ドアから」
「ドアって頑丈に封鎖されていただろう」
「いえ、押したらすんなり開いたんです。たぶん、私たち以外にも入ってきた人がいたんでしょう」
 そう言われれば、そうかもしれない。なんせ人が人を食べると言うすさまじい事件だったのだ。興味半分に訪れた人がいたとしてもおかしくはない。
「それと窓はしっかりと釘で止められていたので、仕方なくぶち壊しました」
 えへへーと笑うムー。持ち主がこの場に居たら泣きそうにセリフをよくこうも平気に言うものだ。
「一ついいか?」
「はい」
「ぶち壊したって?」
「ええ、そこの道具一式を使って」
 指差す先には確かに道具が一式揃っている。揃ってはいるのだが。
「思うんだがな」
「ええ」
「さっきからそこに立っている人のだと思うんだ。だから、それを返して差し上げなさい」
 先程から窓際にちらりちらりとこちらを覗いている男がビクッと反応した。バレてないとでも思っていたのだろうか。
 男は慌てながらもじーっとコチラを眺めている。そこに何の疑いもなくムーが道具を返しに行った。
「あのっ、すみません、使わせてもらいました」
「――え、あっいや、どうも。コチラこそすまない美少女、襲われるかもと隠れていたけど、君たちはどうやら違うようだ」
 ニカッと笑う男。全身黒ずくめ、まるで大きな影のような風貌をしているが、なんとも顔立ちが整っている。てか、なんだ。今物凄いセリフが出たような気がするのだが。
「美少女っ!? え、いやそんな!」
 そんな事を言われたのは初めてなのか、いや誰でも初めてだろうが、うろたえるムー。男とムーは二人して同時に頭をかき始めた。というか、なんで初対面なのにフレンドリーなんだ二人とも。
 こいつは私の敵か、否か。さっきから私はそんなことしか考えていない。もし敵であったならどう行動するか、どう効率よく殺すか。育ちの差だろうが、私とムーに越えられない壁があるように感じて、少し落ち込んだ。
「で、誰なんだお前は」
 警戒を緩めながらもほどよい緊張は残しておく。男を見つめながら私は尋ねた。
「ああ、そうか。他人と会うのは久しぶりなものでね、挨拶すら忘れていた」
 なんでか男はムーと握手しながらコチラに振り向く。ニコニコするその顔から悪意は感じ取れない。風貌は怪しいがそう悪い奴ではないのかもしれない。
「俺は黒井、黒井華。そうだな、イケてるプー太郎ってところだな」
「ぷー……たろう?」
「なんだ、君たち。日本語ペラペラだから日本育ちかと思ったけど、違ったのかな」
 違う。ムーがどうだかは知らないが、私が日本に来たのは初めてだ。日本語自体ドイツにいたころ日本から渡って来た女性に習ったもので、友人曰く「独特」のものらしい。まあ、通じればいいし、そもそも日本来る予定なんかなかったからな。
「プー太郎というのは無職の事ですよ。なんでも風来坊から来ているとか」
 ムーが意外な知識を見せつける。どうでもいいが、いつまでお前らは握手をしているつもりだ。
「で、その無職が何をしているんだこんな所で」
「その呼び方はなんか心にグサグサ来るからやめてほしいな。というか、そういう君達こそ何をしているんだ?」
 私とムーは同時に顔を見合わせる。どう説明したものか。
 素直に言うのもどうなのかと思うが、誤魔化すのも相手が気づいた場合にいらない誤解を生みかねない。状況を説明するのに悩む私たち。そんな私たちを見つめながら黒井が呟く。
「……一応、俺の家なんだけど」
「っ!」
「――あ、いや、うん。驚かないでくれ、って言っても無理か。驚いてくれてもいいから少し話を聞いてくれないか」
「……えーっと、あなたが喰人鬼さんなんですか?」
「うん、それがそうなんだ。俺が喰人鬼と呼ばれているんだけど」
 ムーの質問に恥ずかしそうに答える黒井はどうしようもないくらい敵意のカケラもなく、人を殺したヤツとは思えないほど正常だ。ニコニコとその無害感はどこまでも広大なサバンナを連想させるほど。一体、どういうことか。
「とりあえず、落ち着いて聞いてくれないか?」
 
 
 
 
 黒井華。どう見ても怪しげで、且つ自分から「喰人鬼だ」と名のっておきながら、その正体は聞いてビックリ私たち美少女の味方らしい。
 今、私は自分の事を美少女と言ったが、別に私が言ったわけではない。目の前でムーに求婚している黒い男がそう言ったのだ。
「ムーさん、俺と結婚してくれ!」
「嫌ですよ」
 八回目の告白をあっさりと断られてもなお、ニコニコと人のよさそうな笑顔をしている黒井。何回断れても挫けないコイツの精神。頭痛がする……なにか、最近の殺人鬼はみんなこんなにフレンドリー且つバカなものなのか?
 喰人鬼という私が想像したイメージとはまるで対極にある馬鹿な男。いや、噂ではかなりの博識多才らしいが、どっちにしろ人を一人喰らった化け物のイメージには結びつかない。
「それだったら、ヨルクちゃん。結婚してくれ!」
「不可能だ」
「うわぁ、嫌だとかじゃなくて不可能なんですね……」
 初めて会って早々結婚を申し込む輩にはな。どれほど節操なしなんだ。
 と、仲良く談笑してしまっていたが、考えてみれば私たちはこいつを殺さなければならないのだった。
「うむ」
 どう見ても人を一人殺しているようには見えないこの男。だが、コイツは自ら自分のことを喰人鬼と名のった。既に狂気に捕らわれて人を食い殺したと思っていた故、殺すのに躊躇はないと考えていたが、こうもまともな人間らしい人格だと気がひけるな。
「ハハ、何を考えているんだ私は」
 
 既に殺す気などないくせに。このように談笑している時点で、私はもうこいつを殺すことなどできやしないのだ。
 
「突然笑い出すヨルクちゃんも素敵だ」
「ですよねー、ヨルクちゃ……あ、ダメなんですよ黒井さん。ヨルクさんです、さん」
「ちゃん付けはダメなのか? 可愛いのに」
「ちゃん付けで呼ぶと怒られるのですよ」
 ヨヨヨとわざとらしく泣き伏すムー。
 あー、考え事をしていたので二人の動向には無視していたが、そろそろツッコミを入れたほうがいいのだろうか。その、馬鹿な同行者の教育も兼ねて。
 
 
「さて、お前」
 黒井を指差す。突然指されたのに驚いたのか、黒井は姿勢をピンッと正した後、不思議そうな顔をした。
「なんだ?」
「これから大切な事を言う、ちゃんとそのカラッポな頭に詰め込んでおけ」
「カラッポの方が夢詰め込め――」
「だまれ。いいか、一回しか言わないからよく聞けよ。そして聞いたら必ずそれに従え」
「そこまでしなければ?」
「そうしなければ、お前を殺さなくてはならない」
「解ったけど、約束を守ると、そう俺を信用してくれているのか」
「お前はそこまで愚かじゃない。言葉で言えば解ってくれると思ったからさ」
「なるほど、従おう」
「よし。まず一つ目だ。白石という者の家に近づくな」
 あの家に近づかないように言っておけば一応依頼どおり、依頼主とて文句はあるまい。
「二つ目は、私たちの事を他言する事のないよう」
 一応念のため。
「そして、三つ――ん? どうした、なにかあるか?」
 いつの間にか、黒井は険しい顔をしていた。なにか、歯車が狂ってしまったようなそんな顔。
「一つ目は……なんだって?」
「一つ目か? 白石家に近づくなと言う事だったが」
 一回しか言わないと言いながら、黒井の表情に押されてついつい答えてしまった。
「白石家、そこには女の子が二人、そうだな十二と十歳くらいの、いなかったか?」
「…………」
 あのベッドの少女の事だろうか。年齢的にも近いと思うが、屋敷には彼女一人しかいなかった。もう一人、おそらく同年代の少女なんて屋敷にはいなかったはずだが。
「判らない」
「そうか」
 不用意に情報を漏らすこともないだろう。黒井も食い下がってくると思ったが、ぼやけた顔で物思いに耽り始めた。
「……さて、気を取り直して三つ目だが、もう殺人はやめろ。私が言えた口ではないがな、そういうのはどうも癇に障る」
「ん、ああ、言ってなかったか? 俺、殺人なんてしてないんだ。いやまぁ、彼女の件はそう取られても仕方がないんだけど」
 ぼやけた顔のまま返答する。
 いや、まて……おかしいぞ。
「何を言っている、現に一昨日も腕だけを残した行方不明者が出たそうじゃないか」
 聞き込みで得た情報では、週に一回あるかないかの頻度で、体の一部を残した行方不明者が出るということだったが。
「それはない」
 黒井は少し真剣な顔をして答えた。
「俺は今日まで山奥に引き篭もっていたんだ。アレ以来街に降りてきたのは今日が初めてだ」
「なに?」
「もし本当に行方不明者が出ているのだとしたら、それは俺、――喰人鬼の仕業じゃない」
 それは……どういうことなのか。
 なにか、大切な事を見落としている気がする。
「嘘では……ないか」
「ああ、事実だ。今日この家に帰ってきたのも――コレ、彼女の髪飾りを取りに来ただけだし」
 ポケットから取り出した髪飾りを見せる。銀色の高価そうな髪飾り。
「整理しよう。お前が殺したのは、お前の彼女一人。それ以外は無関係で、山に引き篭もっていた。今日出て来たのは忘れ物を取りにくるためでいいのか?」
「――殺したわけじゃないんだけど。まあ、で、今日出てきてみるとなんとまぁ俺の噂が広まっている広まってる。しかも脚色されていたりと散々だよ。中には先日あった、人質を取って列車の中で皇帝を殺害しようとした事件の黒幕にまで引き上げられていたしな」
「難儀だな」
「うん、だから今すぐその腕で優しく抱擁して欲しい」
 飛びついてきた黒井を軽く足蹴にしながら少し思考を奔らせる。
「…………」
 おかしい、大筋の間違いはともかく、どこかでなにかが引っかかっている程度の違和感の存在。それが悪寒を感じさせる。この男と出会った瞬間から感じていた、狂っている感覚。
「それとその約束は守れそうにないな」
 体勢を直し、その紅いドアを見つめながら黒井が呟いた。
「少し、白石家に赴く用ができたようだ」
 その時、風が吹いたのか、ランプの光が一瞬なびいた。いや、違う。黒井の影が少しなびいたのだ。まるで、何かを懐かしむかのように。ゆっくりと。
「その意志は固いか?」
 尋ねる。返答によって私たちの岐路は無限に広がる。その中で一つ、見当をつけた道がこの男の返答によって同時に決まる。
「ああ、コレは大事な事だ。俺が俺でいるための一番大事な行動だと思う」
 吐き出す言葉はその無害な顔に似合わず重い答え。コレで道は決まった。後はこの道に沿って進むだけ。凶とでるか吉とでるかは終着駅までのお楽しみといったところだろう。
 
 
 
 
「むー、イマイチ理解できないのですがー……」
 黒井の家を出てからそうたたないうちに前を歩いていたムーが振り返りながら尋ねてきた。
 しかも振り向いたまま、後ろも見ずに歩き続けるのだから器用なヤツである。
「理解しなくていいぞ。説明めんどくさいし」
「めんどくさいですか……うー、なんかだんだん私に対する扱いが酷くなっているような」
 溜息。だが、それは私も同じだ。ここまでややこしくなるとは思ってもみなかったからな。
 一呼吸おいて、
「俺も聞きたいな、何故俺を殺さなかった? それに、どうして俺が行くのを止めない」
 なんて隣を歩く元凶も聞いていた。
「お前が言うか? 大部分はお前のおかげなんだが」
 冷たくあしらってやる。そう、なんていたってこいつとも出会わなければこんな事にはならなかったのだからな。
「といいますか、ヨルクさん」
「なんだ」
「えっと、喰人鬼さんを近づけさせない、と言うのが今回の依頼でしたよね?」
「そうだが」
「それで、黒井さんは喰人鬼さんなワケで。で、今向かっているのは依頼主のお屋敷なワケで」
 んー? と首をかしげるムー。まあ、説明しなければこうなるだろうな。
「仕方ないか、いいかよく聞けよ。
依頼主は嘘をついている―――と言うよりは隠し事をしているの方が適切かな。これは予想だが私たち以外にも依頼を受けた奴らがいるはずだ。そいつらも私たちと同じように喰人鬼を殺せと言われている」
「俺ってまさか狙われてるの? 困るなぁ、君たちみたいな女の子になら狙われてもいいけど、男とかは最悪だな」
「だが、重要なのは何故そのような依頼をするかだ」
「無視かー」
「最も考えられやすいのは復讐、または狙われているかしていた場合の自己保全だが。あの少女に当てはまるとしたら、……復讐だ」
「……………」
「さて、話は変わる。ここにいる黒井が殺したのは一人しかいない」
「違う、殺したわけじゃない」
「変わらないさ、その彼女の存在を消した時点で、お前に恨みを抱いても仕方なかろう」
「えっ、じゃあつまり……?」
「そう、少女は黒井、お前が殺した誰かの為に依頼したんだ」
 そして、仮定は続く。黒井の言った屋敷にいる少女の話。あれの出所がもし黒井の彼女によるものだとしたら。
「黒井が殺したのは屋敷の少女の母親か、または姉だろうな」
「その通り。よくできました。当たっているよ。俺の最愛の人、白石飛鳥には二人の妹がいた」
「その一人が、屋敷の少女?」
「いや、まだ断定はできない。二人いると聞いているから、だけどヨルクちゃんの仮定が正しいとするならば可能性は高いよ」
 黒井の行動理由は何となく想像がついていたが、問題はもう一つ。
「で、ここからが本題だ」
 話はここまでと予想でもしていたのか、二人はキョトンとしている。いや確かにコレで全てのように思えるが、私が違和感を感じているのはそんなことではなかった。
「問題は、なぜ少女は私たちに“殺せ”ではなく“近づけないように”と依頼したんだ? そもそも、使用人の口を通した理由は何だ?」
「……あれ、確かに。どうしてなんでしょう?」
「それを確かめに行くのか?」
「ああ。それになんだかな、嫌な予感がする」
 見知った気配とでも言うのだろうか、閉じた左目が異様に疼くのだ。
 
「関係ない話なんだけど」
「なんだ?」
 話もひと段落したのだが、黒井が私の顔を見つめながら言葉を選ぶように、話しかけてきた。
「その目はやっぱり使えないのか?」
「…………」
 ああ、なんだそんなんことか。ムーも気になってたみたいだが、気を使って訊かなかったな、コイツめ。
「左目か、別に使えるが」
 日本に着てからほとんど閉じていた左目を開く。軽い頭痛がするが、そのうち収まるものだ。
「この通りオッドアイでな、正常な方が茶色で、こっちが異常なほう(Draff red)の眼。人にとやかく言われるのが嫌いでね」
 生まれつきのオッドアイ。先天性のものでどうにも他人からそれを指摘されるのがうっとおしかったため、今まで瞑っていた。まあ、そのおかげでこういう勘違いもよくあることだが。
「キレイですねー、ホントに左右で色が違う」
「うん、赤も深みが合っていいな」
 各々の感想を漏らす二人。いや、いいのだが、早く視線を外してくれないだろうか。こうも視線を浴びるのは馴れてなくて、居心地が悪い。
「もういいだろ。さっさと、行こう」
 どうにも二人とも食いついてくるように見るのでこちらから視線を外して歩き出す。
「照れるなよーヨルクちゃんー」
「照れてない! やっぱり殺されたいか」
「テレ?」
「お前も殺すぞ、ムー」
 なんで? なんて疑問符を浮かべながら首を傾げるムー。
 時刻は真夜中に近いと言うのに、どこまでも騒がしい一行。住人達は迷惑かもしれないが、ここにいるのは喰人鬼と魔術師に私兵という妙な組み合わせ。本来相容れない存在だからこそ盛り上がる。それに、喰人鬼に怯える住民には意外と心落ち着くものではないだろうか。
 
 
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